6.イノシシをいただいてみた。隣山の人にも会った

 で、次の日の夜である。

 俺は暗くなる前に三羽を軽トラに乗せてふもとの村へ下りた。何か手土産を持って行こうと雑貨屋へ寄ると、


「イノシシ捕まえたんだってねえ! すごいじゃないか」


 と声をかけられた。


「い、いやあ……」


 小さい村なのでそういう話はすぐに伝わるらしい。なんで知っているのだろうと思ったら、そのイノシシの解体をしたのが雑貨屋の主人の親戚らしい。みんなどこかで繋がっているものだ。


「あたしは行かないけど、今度また捕まえたら呼んどくれよ!」

「はい」


 次なんてそうそうないことを祈る。

 野菜は自分ちで作ってるからいらないだろうし、ここだと採れないような野菜は売ってない。必然的に手土産は煎餅になった。肉はこれから食べるのでいらないだろう。

 おっちゃんちに着いたのは完全に太陽が沈んでからだった。


「こんばんは。お世話になります」

「おう! 昇平。遅かったな」

「すみません」


 おっちゃんはすでに酒を飲んでいた。おっちゃんとおばさんの他に近所の人たちが集まっていた。子供の姿はない。


「佐野君が捕ったんだって? すごいねぇ。ご相伴にあずかりにきたよ~」

「いえいえ。いつもお世話になってますから……」

「なんも世話なんざしてねえがな!」


 がははと近所のおじさんとおばさんたちが笑う。俺は愛想笑いをして頭を掻いた。広い庭にバーベキューの用意がされている。早く来て手伝うべきだったと俺は反省した。


「おばさん、何から何まですいません」

「いいのよ、遠慮なんかしなくて。最後はシシ鍋にするけどいいわよね」

「はい、嬉しいです」


 暗いのでよくわからなかったが、用意された肉は全て火が通っているように見えた。寄生虫などが怖いから先にしっかり火を入れるのかなと勝手に思った。


「ええと、ポチちゃん、タマちゃん、ユマちゃん、でいいのよね?」

「はい」


 俺の後ろを雛鳥よろしく着いてくる三羽におばさんは声をかけた。


「イノシシの内臓を半分用意したんだけど、食べる?」


 コッ! と間髪を入れずポチが答えた。


「じゃあこっちね」


 庭の端の方の石の上に内臓だけでなく骨に肉がついたもの、それから野菜くずなどが並べられていた。


「おばさん、本当にありがとうございます」

「お礼なんかいいのよ。また何かあったら遠慮なく言ってちょうだい。イノシシなんて久しぶりだから嬉しいわ」


 ここまで準備してもらって、そうですかじゃあ、なんて甘えられない。山で採れるものってなんかないかな。


「遅れてすみません……」


 そう言って現れたのは若い女性だった。その女性の後ろに何かついてきている気がする。俺は何だろうと目を細めて見た、ら、ポチにズボンを引っ張られた。


「あ、ごめん。食べていいって」


 コッ! とポチが鳴く。俺は汚れがつかないようにその場から離れた。内臓を食べる時なんて派手に飛び散りそうだったから。


「実弥(みや)ちゃん、いらっしゃい」


 多分おっちゃんちの近所なのだろう。知らないおばさんが女性に声をかけた。


「すいません、お手伝いもしなくて……」

「いいのよ~。山暮らしもたいへんでしょう? 佐野君~」

「はい」


 呼ばれたので向かった。暗くてよくわからないが、女性は二十代前半ぐらいに見えた。


「実弥ちゃん、貴女の山の西側の山に住んでる佐野君よ。仲良くしてね」

「……はあ、どうも……」

「あ……初めまして、こんばんは……」


 東側の山の住民と初めて会った。彼女は顔を俯かせて、少し後ずさった。男性に苦手意識があるのかもしれない。俺もそっと一歩下がった。


「実弥ちゃん、佐野君はね、ニワトリを三羽飼ってるの。大きいのよ。佐野君、実弥ちゃんは大きいトカゲを飼ってるのよ~」


 とおばさんが陽気に紹介してくれた。


「ニワトリ、ですか……じゃああまり近づかない方がいいかも……」


 実弥ちゃんと呼ばれた女性は残念そうな声を出した。どういうことなのかと、ふと女性の背後を見やる。大きいなんてものじゃない、トカゲというよりワニとか恐竜と称してもいいようなものがいた。かなり怖い。これはニワトリが捕食されるという意味かもしれない。


「あー……ええと、何でも食べます?」

「よく言い聞かせますけど……その……」


 確かにこれはうちのニワトリでもかなわないかもしれないと思った。せっかくの隣山の住人との邂逅だったが、仲良くはなれないかもしれない。ちょっと残念だった。


「おーい、昇平! こっちこい!」

「はーい! じゃあ、また後で……」

「はい……」


 おっちゃんの声に呼ばれて行くと、もう半分ぐらい出来上がったおじさんたちが集まって酒を飲んでいた。辺りにいい匂いが漂う。もうおばさんたちが肉を焼き始めていた。ありがたいことだ。


「昇平、イノシシの解体をしてくれたあきもっちゃんだ」

「ああ! お手数おかけしました。ありがとうございます!」


 おっちゃんに紹介されたおじさんは秋本さんというらしい。俺は頭を下げた。おっちゃんちだけじゃなくてこちらにも手土産を用意するべきだったと冷汗をかく。


「いやいや、動物も捌いとかないと腕が鈍るからな。ニワトリが捕ってきたって聞いたけど、本当かい?」

「……はい。うちのニワトリけっこう凶暴で……」

「頼もしいじゃないか。また捕ったら連絡してくれ。くくり罠とかで捕ったんじゃなければ大歓迎だよ」


 狩猟は罠猟が主流らしいが罠を扱うにも許可がいる。その罠にもいろいろ種類があるようだった。


「まー、つってもこの辺りで食っちまう分にはなんも問題ねえけどな!」

「違えねえ!!」


 おじさんたちががははと笑う。


「ありがとうございます」

「昇平んちのニワトリは優秀だぞ! マムシも捕ってくれる!」

「ソイツはいいなぁ。マムシ酒飲み放題じゃねえか!」


 実際真面目に作ると三年ぐらい置いておくものらしいので、すぐには飲めないと聞いた。


「もしマムシを捕まえたら俺んとこにも融通してくれよ。一匹三千円ぐらいでいいか」

「おいおいそんなに払われたらうちに回ってこなくなるじゃねえか!」


 この辺りの話はどこまで真面目に聞いたらいいのか悩む。距離感がなかなかつかめない。俺は苦笑することしかできなかった。


「焼けたよー! 取りにきなー!」


 おばさんたちの声に顔を向ける。


「取ってきますね」


 俺はいい口実ができたと席を立った。

 シシ肉はそれなりに臭いはあったがおいしかった。イノシシの肉は煮込むと柔らかくなるらしい。だから先に火を入れておいたようだ。最後のシシ鍋までしっかり平らげて、俺たちはその晩おっちゃんちに泊めてもらった。

 本当においしかったです。(大事なことなので二度言いました)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る