推し活は宇宙の法則
ささたけ はじめ
宇宙の中心
「ねえアンタ――どうしてそんなにあのアイドルが好きなの?」
学校からの帰り道、幼馴染でアイドルオタクでついでに私の想い人である彼にそう
「そりゃあ、あの娘の存在が、俺にとってはすごく大きいからだよ。宇宙の中心と言ってもいいくらいだ」
「その大きさってどのくらい?」
「そうだなぁ。明るくて眩しくて――まさしく俺にとっては、太陽みたいな存在だな」
そう言った彼は目を輝かせながら、いかにも理系らしい論理を振りかざした。
「知ってるか? この宇宙では、存在が大きいものにほど、引き付ける力があるんだぜ」
「だから、アンタにとっては大きな存在の推し相手に惹かれるのは当然って言いたいわけ?」
「そうだ。つまり、俺の推し活は宇宙の法則みたいなものだな」
「――バッカみたい」
最後の言葉は、彼に対してではなく、自分に対して言ったものだったかもしれない。
振り向いてくれない相手を思い続ける自分。
彼にとって何物も敵わないほどの大きさを持つ存在に対して、張り合い続ける自分。
なんだか、少し疲れちゃったな――。
小さくため息を漏らすとそれが聞こえたのか、理系男は少し優しめの声色で問いかけてきた。
「なあ、万有引力の法則って知ってるか?」
「――は? ニュートンが落ちるリンゴを見て、地球には重力があるって気付いたっていう、あの話でしょ? それくらい知ってるけど――それがどうしたのよ」
いら立ちが隠せず、つい棘のある口調になってしまう。そんな私の心情を察しているのかいないのか、彼は淡々と解説を始めた。
「厳密には少し違う。彼が発見した万有引力の法則とは、『すべての物体同士の間には引力が存在する』というものなんだ。つまり、大きいものには確かに引き付ける力があるが、小さいものにだって同じように引き付ける力があるんだよ。地球がリンゴを引き付けるように、リンゴも地球を引き付けているんだ」
「――だから、それがどうしたってのよ」
「俺にとって、推しの娘の存在が巨大なのは変わらない。でも――どんなに小さくても、自分に向いてる力にも、ちゃんと気付いてるってことだよ」
「え――」
「地球だって、月の引力で潮の満ち引きが起きるんだ。俺の気持ちも、充分に波立っているんだよ。だからそんなにふてくされるなって」
――信じられなかった。
太陽のように眩しく光るアイドルにご執心で、すぐそばにいる月のような、隣にいるのが当たり前の私のことなんか気にもかけていないと思ってた。
自力では光ることができない地味な存在の私になんか、興味も好意も向けることはないと思っていたのに。
私のアピールは、無駄じゃなかったんだ――。
「そ、そんなんじゃ――満足できないわよ」
それまでの自分の行為が報われたと知り、にやけそうになる表情筋を引き締めながら、私は精一杯に虚勢を張って返した。
「――今以上に思いっきり、惹きつけてやるんだから。覚悟しなさいよね」
「なら、まずは肉体的な存在感をだな――」
そう言ってこちらを向いた彼の視線は、私の顔ではなく、やや下をみつめていた。
「――っ!!」
そう、彼は――まじまじと成長中の乙女の惑星を見つめていたのだ。
「どこ見てんのよ!」
「ぐぁっ――!?」
私に顔をフルスイングで打ち抜かれ、崩れる彼。
怒りと恥ずかしさでつい手が出てしまった私は、しびれの残る手を握りしめ、心に誓った。
今度は私が、彼の宇宙の中心になってやる――と。
*
――翌日。
とあるニュースが世間を駆け巡った。
それはあろうことか、彼が推していたアイドルの不倫スキャンダルだった。
それを休み時間にネットニュースで知った彼は、スマホを見つめてわななきながら、小さく呟く。
「恒星って、最後はその重力で自滅するんだよなぁ――」
「大きすぎるのも考え物だわね。もう推し活やめたら?」
「――言っただろう。推し活は宇宙の法則だと。俺は彼女を信じる。そう、新たに生まれ変わる彼女をな!」
「
聞きかじった言葉だけで私が返すと、彼は突如、がっくりとうなだれた。
のちに彼から聞いたところ――超新星とは名ばかりで、それは星の最期を示す言葉なんだとか。
どうやら推し活には、天文学的な規模の悲哀が渦巻いているようだ。
推し活は宇宙の法則 ささたけ はじめ @sasatake-hajime
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