セオと僕の推し活
加藤ゆたか
推し活
西暦二千五百五十年。人類が不老不死になって五百年経ったが、永遠の時間をどのように過ごすのか、人類はその答えをまだ見つけていない。
現代では家の中で世界各地の様々な場所、様々な時間を仮想現実装置で体験することができる。家から出て旅行をする必要はない。もちろん現実には行けないところだって行けるのだ。例えば火星や金星、海の底も、仮想現実装置を使えば行くことができる。世界には娯楽が溢れていて、映像や音楽のエンターテイメントにも事欠かない。
労働だってしなくてもいい。買い物だって宅配便で全て届けられる。統計では、人類の半数はもう何百年も家から一歩も外に出ていないそうだ。
僕はというと、労働を手放せずロボットネットワークが用意した職場に働きに出ているし、週に何度かはパートナーロボットの少女セオと一緒に散歩をしたりする。
セオも、僕が職場に行ってる間どこで何をしているのか把握していないが、家でゲームをしているだけではなく、近所の商店街に出かけたり、あちこち出歩いたりしているようだった。意外とセオの交流範囲は広い。僕はそれについてとやかくセオに言わないようにしている。セオはパートナーロボットであり、僕の理想を元に作られて、僕のために存在しているロボットであり、はっきり言えば僕にとって世界一魅力的な存在であるのだが、セオに執着しすぎるのはいけないと僕は考えていた。僕とセオの関係は父と娘だ。その距離感が丁度良いのだ。
それでもやっぱりセオの行動がまったく気にならないわけではない。
「セオ、最近よくその映像を見ているな。」
「んー。ちょっと今良いところだから、お父さん黙ってて。」
セオが自分の端末から目を離さないでぶっきら棒に答えた。
数ヶ月前からセオは自分の端末で何かを見ていることが多くなった。それにセオのバッグについた缶バッジや、セオの棚に並んだ本や映像メディアのパッケージにも変化が見える。先日、チラリと覗けてしまったセオの部屋の壁にそのポスターを見つけてしまった。最近話題のバーチャルアイドルのポスターだった。
セオはロボットで、人間のことを最優先に考えるように作られており、人間が望んだこと以外はしない。人間よりも何か他の、例えばバーチャルアイドルを優先するようなことは決してない。しかし、僕がセオに望んでいるのは娘であることなので、娘であるなら父親よりも優先する存在がいることは自然なことだ。
もしかしたらセオは今、バーチャルアイドルに夢中になっていて、推し活にハマっているのかもしれない。セオの中で僕よりも『推し』の存在が大きくなっているのかもしれない。この状況を、僕はどう受け止めればいいのだろうか。
「お父さん。もういいよ。切りのいいところで止めたから。さっき聞かれた話だけど。」
セオが端末の電源を切って、僕の座っているソファの隣に座った。僕はなんでもないという風を装ってセオの端末を指差して言った。
「ああ。……それ、『テンカトウイツ男子』か? よく見てるよな?」
「え!? お父さん知ってるの!?」
「……ああ、流行ってるみたいだな。」
「そうなんだよ! 私も最初は全然知らなかったんだけど、商店街の修理屋のお姉さんがお奨めだよって言ってライブ映像を貸してくれたの!」
また商店街の修理屋か。商店街で珍しく人間なのに店を出している女性で、セオは懐いているようだが、僕がセオと一緒に訪れると絶対に目を合わさないし、セオがいないところでは会話を拒否してくる。セオに余計なことを教えるのはいつもあの修理屋だった。
「……好きなのか?」
僕は思い切ってセオに聞いた。
「好き? どうなんだろう? ライブも面白いし、曲も好きだけど、『テンカトウイツ男子』が好きかっていうと、うーん?」
「でも、グッズを買ってるだろ? 缶バッチとか、ポスターも持ってるだろう?」
「あー、あれは修理屋のお姉さんがくれたんだよ。行くたびにくれるの。ライブもさ、最近いつも『テンカトウイツ男子』の話だから、見て行かないと全然わからないんだよー。」
「そうなのか……。なんだ、僕はてっきりセオが『テンカトウイツ男子』の推し活をしてるのかと思った……。」
「推し活してるのは修理屋のお姉さんだよ。」
セオが僕の顔を見て笑った。僕の勘違いだったのか……。
ソファで隣に座っていたセオが僕に近づいて、いつものように僕に体重をかけるように寄りかかり言った。
「私の推しはお父さんだけだよ。」
その日、セオはなぜか上機嫌で夕食の支度をしていた。
しかし、僕も密かに『テンカトウイツ男子』のライブを見て、メンバーの全員の名前も憶えたし、曲のパートも誰が歌っているかわかるようになったんだがな。今度発売の新曲の予約もしたし、ファンクラブ限定のグッズも来週届く。もちろん自分とセオの分と保管用で三つ買ってある。まあ、大丈夫だ。きっとセオも一緒に楽しんでくれるだろう。楽しみだ。
セオと僕の推し活 加藤ゆたか @yutaka_kato
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