女オタオタ女・特撮編
いち亀
私の大好きなニチゴゴ
高校二年生の
両親ともに休日出勤なので、昼食はひとり。その片付けが終わった十四時頃。
「やっほー理乃!! 今朝やばかったって!!」
「はいはい、上がって」
やってきたのは親友の特撮オタク・
勝手知ったるという感でお菓子とジュースを出す陽麻里を背に、理乃は自室へ。理乃本人の持ち物よりもスペースを占領している、ブレスレット型の玩具を持って、陽麻里に渡す。
「はいよ」
「あざ~。あ、一話のアレやりたい」
「ええ・・・・・・くっ、」
吹き飛ばされて倒れ込む、真似をする理乃。
「親父!!」
駆け寄る陽麻里へ、理乃はブレスレットを渡す。
「これで・・・・・・ユナイトしろ・・・・・・戦うんだ、ペルソナイトになって!」
迷いを見せつつ頷いた陽麻里は、ブレスレットを左腕にはめる。
「召喚! 装着! 融合!」
〈ユナイト、ゴー!!〉
いくつも並んだスイッチを、陽麻里は手際よくノリノリで押していく。
「――ペルソナイト、
〈激熱バトル、吹っ飛ばすシャドウ、俺の名前は~覇導!!〉
やかましい電子音声に乗せ、陽麻里はポーズを決める。理乃はパチパチと拍手する。
「よっしゃ行くぜ!!」
テレビの前で仁王立ちする陽麻里。理乃は今朝の録画を再生する。
日曜朝の特撮番組を観るために、陽麻里は理乃の家にやってくる。女子ふたりの特撮鑑賞会が、日曜午後の定番だった。
*
理乃と陽麻里は幼稚園からの親友である。高校こそ別になったが、家が近いのでずっと一緒に過ごしている。
物心ついたときから、陽麻里は特撮ヒーロー大好き女子だった。別にそれはいい、女の子がヒーローに夢中なことに何の問題もないし、変に思う奴の方がおかしい。当時の理乃はあまり興味を持たなかったが、陽麻里が楽しんでいる姿は好きだった。
とはいえ、小さくない問題が別にあった。
陽麻里は特撮ヒーローが絡むと理性が吹っ飛ぶこと、そして陽麻里がやたら可愛いことである。
一緒にヒーローごっこに興じる中で、あるいは語り合う中で、数十人単位の男子がこんな感情を抱いてきたのだ。
「陽麻里ちゃん、俺とこんなに全力で遊んでくれるなんて・・・・・・俺のこと好きなんじゃ!?」
それはない。ヒーローに、あるいはヒーローに変身する青年たちに比べれば、同年代の男子なんて有象無象である。同じヒーローを推すファン同士であって、断じて推しではない。
しかし、男子たちの勘違いは止まらなかった。最初に「俺がヒマリちゃんの一番なの!」
「僕だよ!」という争いが起きたのは年中さんの頃だったか、とにかく陽麻里は天然サークルクラッシャーであり、なりたくもないオタサーの姫になる宿命を背負っていた。
そんな騒ぎがつきものだったので、陽麻里は少しずつ、人前で特撮を語らなくなっていった。キャストにも詳しくなるタイプの特撮オタクだったので、俳優や声優を追うことで周囲の女子と話を合わせるようになったし、そっちだって熱が入っている。
しかし、やはりホームは特撮本編である。昔から陽麻里を知っている理乃が唯一、特撮語りに付き合うようになっていた。今となっては陽麻里の両親も「子供じゃないんだから」と特撮趣味に否定的なので、理乃の家に通っては日曜日を楽しんでいるのだ。彼女がバイト代で買っている玩具も、大体は理乃の部屋に置かれている。
*
陽麻里がずっと夢中なのは、『ペルソナイト』シリーズだ。異世界から呼び出した精霊が
いま放映されているのは『ペルソナイト覇導』。多くのナイトがときにぶつかりながらも悪を倒す、新人からベテランまで豪華なキャストが競演する作品だ。今週で第三十五話、佳境である。
「ええ、やっぱり来た!! 裏切ってるの誰!!」
陽麻里は悲鳴を上げつつ、画面に見入っている。共通の敵に対して団結しつつあったナイトたちだが、彼らの隠しアジトに怪人たちが襲ってきたのだ。ナイトたちの反撃むなしく、同席していたヒロインが攫われてしまう。
「うわ~~ん、
半泣きの陽麻里。ここでヒロインが死ぬことは恐らくないだろうと思いつつ、確かにキャストの演技は迫真だった。感情が高ぶるのも無理はない。
前半終了。玩具情報をチェックするため、録画でもCMを飛ばさないのが陽麻里スタイルだ・・・・・・まあ商業面を考えれば玩具CMが本編みたいなところあるからな特撮。
後半では、ヒロイン奪還のために敵地へ乗り込んだナイトたちが激戦を繰り広げる。
「うっわ、いっまのすっご!! にゃんたん本人だよね?」
「蹴りは本人だね、階段落ちはスタントだろうけど」
ナイトに変身する前から、生身でも大暴れする主人公。演じている
「ああっ、凛ちゃんが!!」
業を煮やした敵幹部は、取引に使おうとしていた人質のヒロインを異空間に放りこんでしまう。絶望しつつも、怒りを爆発させるナイトたち。そこへ。
「うっっそ、ここで覚醒!?」
ヒロインは精霊に連れ戻され、異空間から無事に帰還。そして、その精霊とユナイトし、ペルソナイトとして参戦!
「よっしゃああ、いっけえ!!」
挿入歌に合わせて踊りまわりながら、ナイトたちを応援する陽麻里。理乃はテーブルの上のジュースを素早くどけた。
ナイトたちは見事に敵を撃破。仲間として生まれ変わったヒロインを歓迎しつつの終幕だった。次回は戦士としてのヒロインにスポットを当てるらしい。
「はあ、はあ・・・・・・興奮した・・・・・・」
ソファに座り混みつつ、荒い息を整える陽麻里。
「今日も全力でしたねえ陽麻里さん」
「いやだって、めっちゃ面白かったでしょ今日!?」
陽麻里に問われ、理乃は返事を考える。
元々、理乃は特撮が好きってわけでもない・・・・・・というより、突っ込み所が多くて乗りにくい。
別に、変身ヒーローという存在自体に突っ込みたいわけではない。非現実的だって全然いい。ただ、そうした存在がある世界でに「現実」をちゃんと描いてほしいのだ。小学生の頃からずっと思っている。
ヒーローと怪人が存在する世界の日常とは、行政や企業は何を考えるか、戦いに巻き込まれた生活へのフォローは。
そしてファンタジックな設定があるのはいいから、その設定を一貫させてほしいのである。展開の都合で設定がブレると、作中世界への信頼度が一気に落ちる。
企画の都合上か、ペルソナイトは一貫性やリアリティよりは盛り上がり重視である。玩具の売上で展開が変わったりもする。作中のシナリオが大事な理乃とは、根本から合わない。
警察を絡めて「怪人のいる日常」を描いたリアル志向の『ペルソナイト
だから理乃は、本音を呑み込みつつ。
「うん、確かに盛り上がったよね。新たな謎ができたし」
バトル後はすっかり放置されていた裏切り者疑惑だけど。
「猫道くんのアクションも決まってたし」
事前にナイト化しとけよって思ったけど。
「凛ちゃん覚醒も激アツだったし」
これまでの設定と明らかに矛盾している気がするけど。
「挿入歌のアレンジでデュエットになるのも良いし」
これは本当。
「戦闘シーンも燃えたよね」
あの監督だったらドローンのショット入ると期待しててなかったけど!
「でしょ~、やっぱ良いよ覇導・・・・・・実況どんなだろ」
陽麻里はスマホを開き、しばらくスクロールしてから、いそいそと書き込みを始める。キャストの投稿にコメントを付けにいくのだろう、彼女の推し方も歳と共に変わってきた。
「よし、完了。お風呂借りていい?」
「あいよ」
はしゃいでかいた汗を流したいのと、風呂場の特撮ソング熱唱をやりたいがために、シャワーを浴びるところまでが陽麻里のルーティンだ。
陽麻里を見送り、シャワーの音が聞こえたところで。
理乃はクッションに顔を埋め、叫ぶ。
「ひ゛ま゛り゛か゛わ゛い゛い゛よ゛」
白状しよう。理乃はさっき、ほとんど画面を見ていない。朝の放送をリアタイして流れを覚えてから、陽麻里と観るフリをして陽麻里ばかりを見ている。喜怒哀楽を全開に、全身全霊でヒーローを応援する陽麻里を、五感に焼き付けている。
「はあ、かわいい・・・・・・今日も全力・・・・・・純粋・・・・・・瞳うるうる・・・・・笑顔キラキラ・・・・・・尊いよお・・・・・・」
幼稚園からずっと一緒だから分かる。陽麻里が一番輝いているのは、特撮を応援しているときだ。遠慮も躊躇も一切なし、笑って叫んで踊る陽麻里だ。
「陽麻里・・・・・・私だけの永遠のアイドル・・・・・・はあ、好き、好き、好き」
こんな姿、陽麻里にはとても見せられない、陽麻里にとって理乃は、クールで面倒見がいい親友だ。理乃が落ち着いているからこそ、陽麻里は素の自分を預けられる。理乃が愛に狂っていては、陽麻里の行き場がない。
歌声とシャワーの音が止む。陽麻里が戻ってきてもいいように、呼吸を整える。
「お風呂ありがと~」
「あいあい、ほら乾かすから」
「いえ~い」
理乃は陽麻里を膝の間に座らせ、背中からドライヤーで髪を乾かす・・・・・・その前に、静かに息を吸いこむ。風呂上がりの陽麻里の香りからしか得られない栄養素があるのだ。
乾かされながら、陽麻里はフィギュアを手にとって眺める。
「今日も楽しかったなあ・・・・・・来週の覇導まで頑張れそう」
私もだよと心の中で返しながら、理乃は陽麻里のうなじに見入っていた。舐めたい・・・・・・
女オタオタ女・特撮編 いち亀 @ichikame
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