森のクレープ屋さん

るつぺる

赤いワゴン

 街中を歩いていると「森のクレープ屋さん」と車体に書かれたワゴンが目にとまった。バチバチの赤いワゴン。どの辺が森なのかはさておき惹かれる関心に抗うことが出来ず立ち寄ることにした。客は他にいない。車内を覗くとヘッドホンをつけたスキンヘッドが仕切りに右肩を震わせていた。ヘッドホンがうまく刺さっていないのか小さく喘ぎ声が漏れ出ていた。白昼堂々その意気やよし。ヤバいと思い無言で立ち去ろうとした刹那、呼び止める声あり。振り返るとスキンヘッドが無理くり拵えた笑顔を携えて手招きしてみせていた。逃げてもヤバい面構え。前門の虎、後門の狼とはこのことである。

「クレープ、いかがすか?」

 要らないとは言えないドスのきいた声で男は言った。メニューを眺めるとバナナクレープ以外居酒屋のスピードメニューだった。

「じゃあバナナクレープひとつ」

「はいしゃぃおーらぃ!」

 どういう気合いの入れ方かわからないが手を洗ったのかどうかだけがひたすら気にかかった。男は慣れた手つきでホットプレートに生地の素を垂らした。どういうわけだか出来上がったのは全方位から観測してもお好み焼きだった。バナナクレープの所在を尋ねようものなら眉間にトカレフを突きつけられかねない鋭い目つきの男を前に黙って800円差し出しお好み焼きを受け取った。

「食べてく?」

 特に席を設けられたわけでもない一帯でお好み焼きの立ち食いを強要される。

「持って帰ります」

「食べてく?」

選択の余地がなかった。ビールも買わされた。こうなりゃ自棄だ。プルタブを勢いよく開けひと口で半分ほど飲み干すとその流れでお好み焼きを入るだけ口に入れる。

「お好み焼きだ」

「バナナクレープですよ」

「バナナクレープです」


 帰り道、お腹はいっぱいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

森のクレープ屋さん るつぺる @pefnk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る