推しができたら幼馴染が豹変した件について
葉柚
推しができました
オレには幼なじみがいる。見た目から言えば10人中10人が美少女だと答えるだろう。性格も少し大人しいけど素直で可愛らしいと思っている。だけど、そんな幼なじみにオレはなぜか嫌われている。
話しかけると顔を引きつらせてごめんなさいと言われ、逃げていく幼なじみの鈴音。
オレがいったい何をしたというのだろうか。
なにもしていないと思うのだが……。
だが、幼なじみに避けられる日もオレが最推しを見つけた時を境に少しずつ変わっていった。
「……なんだおまえ、一人なのか?寒いだろう。オレのとこに来いよ。」
しとしとと雨が降る肌寒い春先のある日、オレは桜の木の下でか細い声で鳴いている黒髪の可愛らしい女の子を見つけた。
寒さで震えているのが気になり、オレは勇気を出して声をかけた。そして、その子が雨に濡れないようにそっと傘を差し出す。
まあ、もうびしょ濡れだからあんまり変わんないかもしんないけど。気持ちの問題だ。
黒髪の可愛らしい女の子は、オレのことをまん丸な大きな目で警戒したようにジッと見つめる。
「……怖くねぇよ。大丈夫だ。寒いだろう?濡れてる髪を乾かして、暖かいミルクを用意してやるよ。あーでも、お腹空いてんのか?それならご飯も用意するって。な、そこに居ても寒いだろう?オレのところにおいで。」
オレは必死に女の子に優しく話しかける。逃げられないようにしゃがんで女の子の目線にあわせながら。
女の子は警戒しながらも、寒さと空腹で限界だったのだろう。ふらふらとした足取りでオレの方に歩いてきた。どうやら信用してもらえたようだ。
よかった。こんなところにずっといたら空腹と寒さで身体を壊してしまっていたことだろう。
よたよたとやっと歩いているようだったので、オレは近くに来た女の子をひょいっと抱き上げた。
湿った毛先がオレの服に染みを作るがそんなのは気にもならない。
「あー。大分弱ってるみたいだな?先に病院の方がいいか?しかし、この子を見てくれる病院なんてどこにあるのか知らねぇし。」
くてっとオレに体重を預けてくる女の子。いや、女の子っていうのもあれなんで勝手に名前をつけてみる。
黒い毛が印象的だから「クロ」というのはどうだろうか。
オレってば名付けの天才かもしんない。わかりやすいしいいじゃん。
「なあ、おまえの名前考えてみた。クロってどうだ?そう呼んで良いか?」
そう尋ねると小さく頷いたような気がした。
「……くすっ。」
オレがクロと名付けた女の子の頭を撫でていると後ろから微かな笑い声が聞こえた。
「……あ。鈴音。」
笑い声に導かれるように振り向いた先にいたのは、オレのことを嫌っている幼なじみの鈴音だった。
まさか、鈴音にこんな場面を見られるとは。
「な、なんだよ。悪いかよ。でも、見てられねぇじゃねぇか。こんなにびしょ濡れなんだ。お腹も空いてるのかふらふらしてんだぜ。このままここにいたら衰弱して死んじゃうかもしんねぇし。そうなったらここを通る度オレ今日のこと思い出して後悔すると思うしさ。」
「……ちがう。その子、どうするの?」
「んー。とりあえず乾かして飯食わせて病院に連れてく。」
「そう。……ねえ、私も一緒に言ってもいい?」
鈴音は少し堅い声でオレに問いかける。
オレとは一緒にいたくないけど、クロが心配ってことか?
「どうするの?」って聞いてきたときの声、なんだかとがってたし。オレのこと非難してるのかな。
オレだってこんな可愛いクロをいじめたりしねぇし。むしろ可愛がるし。可愛いし。
「いいけど。でも、その前にコンビニ行く。クロの飯買わなきゃなんねぇし。」
「ん。わかった。」
鈴音はそう言うとクロを抱いて歩くオレの半歩後ろを大人しくついてくる。会話は……もちろんない。
嫌いな相手に好き好んで話しかけるようなことは普通しないしな。
でも、オレは本当は鈴音のことが気になってたりする。だから、嫌われてると思っても、鈴音のことは嫌いにはなれなかった。むしろずっと心の隅に引っかかっていた。
「どれにすっかなぁ。いろいろあるなぁ。なあ、クロ。おまえ鳥と魚どっちが好きなんだ?」
オレは缶詰を二つ手にとり悩む。
……両方買うか?
「あの……ミルクも買って良い?」
缶詰を手に悩んでいると、鈴音がミルク片手におずおずと話しかけてきた。
「おう。もちろん。」
鈴音におねだりされたら断れるわけもなく。っていうか、普通にミルク買おうと思ってたし。選ぶ手間が省けたしな。
「なあ、鈴音。鳥と魚どっちがいいと思う?それとも牛?」
どの缶詰にしようか決められずにいたオレは、鈴音に問いかける。うん。鈴音と会話ができるってなんだか嬉しいな。鈴音の声は緊張からか少し堅いけど。
「……やっぱり魚?でも、鳥もいいかもしれない。あの……私が魚か鳥のどちらか買うから。」
「わかった。んじゃ両方買おう。」
鈴音もオレと同じくどちらがいいか悩んでいる。でも、牛という選択肢はないようだ。同じことで悩んでいる鈴音が可愛くて両方の缶詰を購入することにした。
そうと決まったらすぐに買って家に帰らなければ。じゃないとクロが可哀想だしな。
「あー……。オレの家に行くんだけど、鈴音どうする?」
「……行ってもいいなら行きたい。この後病院にも行くんでしょ?」
「ああ。まあ。」
「じゃあ、行く。」
「おう。わかった。」
鈴音がオレの家に来る。オレのことを嫌って逃げていた鈴音がオレに近づいて来てくれる。なんでだ?クロ効果?まあ、クロ可愛いしな。ずっと見てたいもんな。もしかして、鈴音もクロを抱きたいとか?
「お、お邪魔します。」
「おう。あがれ。あー……リビングでいいか?」
鈴音は緊張した声とともにオレの家に上がった。
オレの部屋に連れてってもいいけど、どうせオレの家には誰もいない。どこにいたって一緒だ。
それに鈴音もオレの部屋よりも玄関に近いリビングの方が安心だろう。……たぶん。ってか、オレ鈴音になにもしないけど。いや、したいけど。これ以上嫌われたくないし。
「あー……適当に座ってて。タオルとか探してくるから。」
「あ、うん。あの……クロちゃん私が抱っこしてようか?」
「鈴音の服が濡れる。だから、ちょっと待ってろ。後で抱かせてやるから。」
やっぱり鈴音も可愛いクロを抱きたいようだ。だが、鈴音の服が濡れたら困るからクロを乾かしてからにする。
洗い立ての石けんの匂いがするタオルを手にとり、クロをタオルで包み込む。そして、柔らかく丁寧にタオルに水を吸い取らせる。タオルが濡れてしまえば乾いたタオルを手にとり、再度クロを包み込む。合計三枚のタオルを使った。
柔らかな猫っ毛はタオルだけでなんとか乾いたようだ。
「ほら、鈴音。クロを抱っこして温めててくれ。オレはミルクと飯を用意してくる。やっぱちょっと温めた方がいいだろう?」
「あ、うん。……平たいお皿にしてね。」
「ん。わかった。」
鈴音はタオルに包まれたクロを抱くとクロに向かって笑みを見せた。それはとても柔らかい笑みだった。
やっぱり。クロは偉大だな。
嫌いなオレの家にいる鈴音にあんな可愛らしい笑顔をさせるんだもんな。まあ、クロは可愛いもんな。その気持ちはわかる。
ミルクと飯をレンジで10秒だけ温める。熱すぎても食べれないだろうし。少し温めるくらいの方がいいだろう。
もちろん缶詰は魚と鳥の両方をあけた。どれだけ食べるかわからないから、缶詰を半分づつ温めた。
「ほれ、クロ、飯だ。食えるか?」
まさか飯も食えないほど衰弱してねぇだろうなと心配になりながらも、鈴音の腕の中にいるクロにミルクや飯が入った皿を見せた。
すると、クロの目が輝き出した。
どうやら食べる元気はあるようだ。よかった。
「鈴音の腕の中で食べるか?」
そう尋ねた瞬間にクロは先ほどまでの弱った姿が嘘のように思えるほど素早くオレの元にやってきた。そして、椅子に座った俺の膝の上にちょこんと座る。
なんだ、この可愛い生き物。
思わずデレッとした笑みがこぼれてしまう。
そんなオレを見て鈴音がムッとしたような顔をしたのは、オレの気のせいだろうか。
「どれから食う?」
テーブルの上にミルクと、魚の缶詰と鳥の缶詰を温めた皿を並べて置くと、クロはミルクめがけて顔をつっこんだ。
よっぽどお腹が空いていたのか、ガツガツとがっついている。
「あー。そんなに慌てなくてもこれ、全部クロのものだからな。ゆっくり食べろよ。あんまりがっつくとむせるぞ。」
「……ガッ。ぐふ……。ごふっ……。」
「あー。言わんこっちゃない。大丈夫か、クロ?」
案の定がっついてむせた。でも、クロはお腹が空いているのか咽せながらもミルクを飲むことは止めなかった。まあ、飲む勢いが少し大人しくなったけど。
ミルクを飲んだ後は、鳥と魚が入ったお皿を交互に匂いを嗅いで鳥の缶詰の方を口にした。どうやら魚より鳥がお好みのようだ。
しかし、一生懸命に食べている姿といったら……。
「「可愛い……。」」
あ、あれ?なんか、今オレの声と重なった声があった?
オレは思わず鈴音の方を見た。すると鈴音もオレの方をじっと見ていた。
「……昴くんって、猫好きだったんだね。意外。」
「あ、うん。鈴音も好きだったんだな。」
「うん。でも、特にこのクロちゃんは可愛い。」
「ああ、クロは可愛すぎる。食べてる姿も可愛いし、ミルク飲んで咽せてる姿も可愛い。」
「……私、昴くんのこと勘違いしてたかも。もっと、怖い人だと思ってた。」
それからオレたちはクロの可愛さを語り合った。
クロはそんなオレ達を横目にお腹いっぱいになったのか、食べるのを止めて毛繕いをしていたかと思うといつの間にかオレの膝の上で丸まって眠っていた。
その寝顔は穏やかで安心しきったような表情でさらにオレと鈴音を魅了するのだった。
推しができたら幼馴染が豹変した件について 葉柚 @hayu_uduki
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