佐奈とゆぅたぁ

因幡雄介

佐奈と裕太と小説投稿サイト



「ゆぅたぁ~」



 佐奈は幼なじみの裕太に、いつもの名前で呼び出した。


 高校の授業が終わり、みんなが帰っている夕方にだ。


 大事な用事があったからだ。重要なミッションと言ってもいい。


「……あんだよ、佐奈。急に呼び出しといて」



「おねがいがあるのぉ~」



「なっなんだよ」


 私はスマートフォンを開き、裕太に見せる。




「私の小説にぃ、投票してほしいのぉ」




「……はあ?」


 なんのことかわからない裕太に、私は丁寧に説明してあげた。


 小説投稿サイトのこと。


 私がその小説投稿サイトで小説を書いていること。


「へえ。そんなのあるのか」


「知らないのぉ~」


「知らねぇよ。俺は活字を見ると頭痛くなるんだよ。ゲロしちまうぜ。動画なら見るけどよ」



「そうなのぉ? まあいいや。投票してぇ」



 私は裕太に切実に訴えた。


 今小説投稿サイトでは、コンテストが開かれている。


 読者から投票され、上位にランキングされれば、出版社から本が出るかもしれないと、裕太に説明した。


「ふぅん。書籍化か。お前作家になりたいのか?」


「ううん。別に。ただ暇だからやってるだけ。あと、星とかもらえるのがうれしいから」


「そうなのか。で? 投票するんだろ。いいぜ。その代わり何くれる?」


 裕太は意地悪そうに笑う。



 小さい頃から裕太はいたずらっ子だ。



 だが、長年付き合っている私には、もうその手は通用しない。




「私の体あげるぅ」




 って、切り返せば、たいがい裕太は照れて戦意喪失する。




「そうかそうか。って、いるか! 自分の体は大事にしろ!」




 予想通り。うふふ。


「じゃ、何がほしいのよぉ?」


「うーん。そーだなー。俺、動画投稿サイトで、ギターのライブ放送やってんだよ。その練習風景を見るってのはどうだ?」


「よーし。デートしたげるぅ」



「うそだろ、おい。地味に俺の心を傷つけるな。うまくないって言いたいのか?」



「ううん。音楽がわかんない」


 私はニシシと、冗談っぽく笑う。が、本当に裕太のギターは下手なので無理。


「あー……そうか。わからんのならしかたがない。もういい、わかった。投票すればいいんだろ? どうやるんだ?」


「まず小説投稿サイトをインターネッツでつなげてぇ」


 私は裕太に、一から丁寧に小説投稿サイトについて教えてやる。


 裕太はうなずきながら、自分のスマートフォンを操作している。



「おおっ? なんじゃこりゃ? こんなに小説投稿されてんのかよ。すげえな!」



「でしょう? だから小説投稿してもすぐ埋もれるの」


「なるほどな。だけどよ。身内に投票を頼むってのはひきょうじゃないのか? 本当にお前の小説を読んでくれる読者に、投票をもらったほうがうれしいだろ?」


「身内票っていっても、裕太だけだし大丈夫だよぉ。親にも、友達にも、こんな恥ずかしい小説書いてること言えないしぃ。裕太ひとりしか言えないのぉ」



「ほう? 恥ずかしい小説? どんな小説書いてんだ。見てやろう」



 再び意地悪な顔になる裕太。



「この検索欄に、『魔法少女まじかるマリリンVS猫太郎エイリアン 世界を勝ち取るのは愛か、猫か』って入力してみてぇ」



「うわぁ。もうタイトルでイジりようがねぇぐらい、内容がわかっちまうぅ。もうちょっと俺を楽しませろよぉ」



 裕太の戦意を封殺。


 小説のタイトルはわかりやすさが命。


 裕太でもわかるのなら大丈夫。


 裕太はスマートフォンをぐりぐりイジりながら、


「マジかよ? こんなタイトルで星一万いってんじゃねぇか? 天才か?」



「ぐふふ。究極の恋愛物語だからねぇ」



「タイトル詐欺だぁ。バトルとしか思えねぇ」


 裕太は私の才能に、天に顔を上げた。


「で? この投票ってボタン押せばいいのか?」


「そだよ」



「よっしゃ! 今日からお前は俺のものだ! って、押したけど『会員登録してください』って出るぞ?」



「あっ、そっか。会員登録しなきゃ、投票できないんだった。ごみん」


 私はコツンと、自分の頭をたたいた。


 裕太は顔をしかめ、


「えー、めんどくせぇなぁ。お前の携帯貸せ。それで投票すればいいだろ?」


「そだね。やって」



「よっしゃ! 投票ボタンをポチッとな。って、あれ? 『自分のアカウントでは投票できません』って出るぞ?」



「あっ、そっか。私のアカウントじゃできないんだ。ゆぅたぁ、会員登録して」



「おいおいおいおい。冗談じゃねぇぞ。アカウント登録だぁ? ウチの勉強のできる弟に頼むしか手がねぇじゃねぇか。何かの陰謀か? なんらかしらの大きな力が働いてやがるぜ」



「私でもできたんですけどぉ?」


「しょうがねぇ。今日は帰って、弟にアカウント登録してもらって、そのあと投票してやる。それでいいか?」


「うん! いいよ! ありがとう!」



「いいってことよ! 明日を楽しみにしてな、お嬢ちゃん! 俺たちの戦いはこれからだぜ!」



 裕太は大手を振って帰っていった。


 私も大きく手を振って見送った。




 夜中。


 私が自宅の部屋で、投票数が増えるのを楽しみにしていると、感想通知が送られてきた。


 ――ゆぅたぁからかなぁ?


 私が感想に返信しようと、内容を見ると、ビッシリと感想が書き込まれている。



 一字一句読んでいき、ものすごいショックを受けた。



 お風呂に入り終わったあとの、プリンを食べるのも忘れてしまうぐらいだ。




 次の日の朝。


 高校に行く道路で裕太を見つけたので、私は背中をドツいた。


「ぐほうっ?」


 裕太の口からパンが飛んでいく。


「ゆぅたぁ! この感想を書いたの、ゆぅたぁ~?」


「おうよ! バッチリお前の小説を読んでやったぜ! 感謝ならいいぜ! 100円にしといてやる!」




「ひどいよっ!」




 私は同級生が歩いているにもかかわらず泣く。


 裕太はあわてて、


「どどどどうしたっ? 変なことは書いてないだろ?」



「マリリンと猫太郎は、戦っているうちにおたがいを意識し始めて、恋におちていくことだけは合ってる。そこをほめてくれるのはうれしい」



「だろ? だけど、おたがいの過去での憎しみが忘れられなくて、また戦いを開始するんだろ?」




「そこだよ! マリリンと猫太郎の最後の食事シーン! あそこすっごくほめてくれたのはうれしいけど、けんかの理由は猫太郎の好きな『サバ』を、マリリンが間違えて『サケ』を出しちゃったことがきっかけだよ! 猫太郎はサケに溺れていたところを助けてもらった恩があるの! まだ書いてないけど! 別に憎み合ってたわけじゃないもんっ!」




「いやわからねぇ。それ作者にしかわからねぇ解釈ぅ。俺はいったいどうしたら良かったんだぁ。猫の好き嫌いで世界の命運が決まってるぅ」


 裕太は腰に手をやり、首を90度曲げて天を見上げる。


 私は鼻水をすすり、




「それに投票できてないしぃ!」




「えっ? 感想書いたらいいんだろ?」


「ばかぁ! 投票ボタン押してって言ったでしょぉ! 携帯で小説投稿サイト開いてぇ!」


「うっうっす!」


 裕太はポケットから携帯を出して、すぐに小説投稿サイトを開く。


「これでいいっすか?」


「うん! 手を貸して!」


 私は裕太の手を取ると、指を投票ボタンに押しつけた。


 投票完了。


 裕太は口を緩ませながら、


「はっ、ははっ、やった、やったぞ。これで世界は救われる。佐奈、お前は作家になれるぞっ!」



「ううん。もういいの。一位との差が大きいから、たぶん受賞しない」



「はっはい? ……じゃあ、俺たちはなんのために戦ってきたんだ?」




「ゆぅたぁの1票がほしかったの。どんな読者の投票よりも――私の1番の推しだから」




「…………」


 裕太は口をアングリ開け、顔を真っ赤にさせていた。


 私は手に取った裕太の手をにぎる。


 大きいし、暖かい。



「投票のお礼。デートする?」


「うっす! よろしくお願いします!」



 そのあと、私は裕太のめちゃくちゃへたなギターを聞かされた。

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