24.円満な婚約解消のふたり
ドリンクが運ばれてくるまでのわずかな時間。
優雅な笑みを浮かべてレイさんが話しかけてくれた。
「ランから聞いたんですが、テルーは【王の花】で修業をされていたんですね。私はパンが好きなんですが、なかでもあの店のパンがとても好きなんです。だけど、いただいたあんぱんもクリームパンも、あの店の味のようで違っていて。やわらかくて甘くてとても美味しかったです」
「あああ、ありがとうございます」
「ところで同い年だし、敬語を使わなくてもかまいませんか?」
「えぇっ!?」
ということは、レイさんも20歳!?
同い年にはとうてい見えない落ち着きが、ちょっと羨ましい。
それと、どうしてわたしの年齢を知っているのだろう。
「僕が教えたのさ。魔王の拠点が【一番星】だと判明したときに、テルーのことは神殿があらかた調査しているから」
「そ、そうだったんですか」
初耳だし、さらっとバラしていい話なんだろうか、それは。
「ちなみに、僕も同い年」
「ひぇえ!?」
ランさんがウインクしてくる。
あぁ、信じられない。ふたりの垢抜けた感じは王都育ちだからなんだろうか。世の中って不平等……。
「おふたりは王都で元々顔見知りだったんですか?」
この街で初めて知り合ったような雰囲気ではないので、ついでに尋ねてみる。
レイさんが口を開く。
「あぁ、それは」
「かんたんなことさ。僕とレイ嬢は親の決めた許嫁だったんだ」
「い、い、許嫁!?」
この世界に生きて20年。
それでも初めて、許嫁という単語を耳にした。
レイさんが苦笑いを浮かべる。
「過去形だよ。私が騎士団に入れたら婚約解消してもいいっていう約束だったから、つい先日解消させていただいた」
「結婚というのはお互いの利益にならないというのが幼少の頃からの共通見解だったからね」
「そう。私は騎士になることが夢で、ランは」
「王都のしがらみから解放されてのんびり暮らすことが夢だったから。お互い、こうして夢のいとぐちを掴んだということだ」
ランさんがソファに体を預けて微笑む。
瞳を閉じても美形である。
いや、しかし、ランさん……。
のんびりって、それはほんとうのことだったんですね……。
それにしてもまったくもって住む世界の違う話である。
雑談の終わりを告げるように立派なボトルとおつまみが運ばれてくる。
「お待たせいたしました。本日のアミューズは、きのこのマリネのフォカッチャと、アンチョビのスタッフドオリーブ、ミモレットチーズでございます」
おつまみじゃなくて、アミューズっていうのか……。勉強になった。
それにしても完璧すぎる酒のつまみセットだ。
……なんだけど、どうしても視線はフォカッチャに向いてしまう。
マリネされたきのこがたっぷり載っている小さくカットされたフォカッチャ。この前の玉ねぎのフォカッチャとは生地が違うんだろうか?
なんて考えているうちにグラスにシャンパンが注がれていく。
場を仕切ってくれるのはもちろんランさんだ。
「それでは、僕たちの出逢いに、乾杯」
5つのグラスが掲げられて、シャンデリアの煌めきが反射した。
たぶんランチのときにいただいたのと同じお高いシャンパン。
炭酸が疲れた体に染み渡っていく。
お酒もそこそこに、早速アミューズに視線を向ける。
真ん中に仕切りのある小さな白い角皿に、ひとくち大のフォカッチャと、アンチョビの詰められたグリーンオリーブ、小さなオレンジ色のチーズ。
くにゃ。ふわ。
いろんなきのことオリーブオイルの香りが鼻を抜けていく。
塩気がちょうどいい。
生地はじゃがいもベースじゃなさそうだ。あぁ、飲みこむのがもったいない……。
静かにじたばたしていると次の料理が運ばれてきた。
「本日のサラダは、朝穫れ野菜のパンサラダ、シーザー風でございます」
パーンーサーラーダー!?
よし、叫ばなかったぞ。偉いぞ自分。
視線を感じて顔を横に向けたら、ハイトさんが呆れたように見つめてきていた。……言いたいことはわかってます。黙ってても顔が叫んでると言いたいんですよね、はい。
露が並んでいるようなデザインのガラスの平皿の上に、見たことのない彩りのいい瑞々しい野菜と、カリカリに焼かれて脂の煌めく薄焼きベーコン。
その間を縫うように、初めから指定席だと決まっていたかのように大きめのクルトンが鎮座している。
このクルトンはたぶんバゲットだ。
ドレッシングは白いし、粉チーズと黒こしょうがかかっているから、ベースはシーザードレッシングなのだ。だけどパンサラダと言い切っているということはパンがメインなのだろう。
いただきます。
かりっ。しゃき。
このクルトン、バターをしっかり吸いこんでいるのにくどくない。
そうか、野菜の味を引き立てるようにつくられているんだ……!
野菜の味がかなり濃厚だし、ベーコンの脂も主張が強い。口のなかでそれぞれがけんかせずに調和している。まとめているのはドレッシングだけど、調和の役目はクルトンが果たしている。
まとめると、美味しい。全部がめちゃくちゃ美味しい。
「はわわ……口のなかに宇宙が広がっています……」
しまった。シュバルツみたいなことを口走ってしまった。
「みたいな、とは失礼な」
「おぉっとそこで思考を読んでくるスタイルですか」
「言わんとすることは共感します」
向かいでランさんが満足そうに微笑んでいる。
「今日はパンを多めに、ってリクエストしたから思う存分堪能するといいよ。ここは客の要望に応じてメニューをつくってくれるんだ」
「それってもしかして」
「テルーの喜ぶ顔が見たくて、ね」
本日何回目かのランさんのウインクはわたしへ飛んでくる前にハイトさんによってたたき落とされた。
「貴様、今度は何を企んでいる」
「いやだなぁ、穿った見方をしないでおくれ。純粋に、僕はテルーに喜んでもらいたいだけだよ」
「ふん」
「まぁまぁ、ふたりとも」
間に割って入ろうとすると、楽しそうにしているレイさんと視線が合った。
あぁ、見つめられるだけで照れてしまう……。
「すっかりランも打ち解けているんだな。安心した」
それにしても。
このやり取りを打ち解けていると解釈するなんて、レイさんは大物である。
そして、だというのなら、わたしだってレイさんとお近づきになりたいぞ。
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