23.それはまるで運命の
閉店後。
「きれいな恰好、と言われてもなぁ」
クローゼットを見て溜息を吐き出す。
この前のランチといいきっとおしゃれなお店に連れていかれるんだ。そんなところに行けるような服なんて1着も持っていないよ……。
「これならまだましかも……?」
卒業式で着たレモンイエローのパーティドレスを最奥から引っ張り出して、肩を合わせてみる。体型が変わっていなければいける筈。
よし……なんとか着ることはできた……。
しかし合わせられるくつもなければかばんもない。装飾品も、一切、ない。
うぅ、どうしよう……。
お店のベルが鳴る。
あぁっ。ランさんが来てしまったんだろうか。慌てて下に降りる。
「どうしたの、そんな泣きそうな顔して」
「あの……きれいな恰好が、できません……」
ぷっ。
ランさんが口元に手を当てて笑う。
「もしかしたらと思ったんだけど、正解だったね」
「それはどういう」
「テルーはパン以外に興味がなさそうだから、ファッションにもきっと無頓着なんだろうと思って試してみた」
「そんなぁ……」
ひとが悪すぎます……。
いやでも出会ったときと同じ飄々とした感じに戻ってくれてよかったけれど。
「そして僕の予想は当たっていたという訳さ、お姫さま」
「へっ?」
楽しそうにランさんが持っていた紙袋から大きな箱を取り出す。
蓋を開けると、はちみつ色の、ビジューがついたパンプスが入っていた。
「これは僕からテルーへの個人的なお詫び。受け取って」
「えっ? いや、あの、でも」
「ちなみにバッグもあるよ」
別の箱からはパールホワイトのころんとしたフォルムのパーティバッグ。
「それと、これはテルーに似合うと思って」
さらに小箱からは紺色の真珠でできたイヤリングとネックレスのセット。
えっと。ちょっと待って?
「一応ドレスも用意したけれど、それもかわいいから今日はプレゼントにしておくね。今度着てくれたらうれしいな。大丈夫、安心して。僕は見ただけで女性のサイズが分かるんだ」
「ちょ、ちょっと、ランさん?!」
完全にパニックだ。
「貴様、それが目的か」
そして現れるハイトさん。そんなハイトさんもちゃっかり黒のスーツを着ている。
ランさんは白いスーツだし、ほんとうに対極的なふたりである。
「半々、かな。女性を着飾らせることが、僕の人生における最大の娯楽なんだ」
「ふん」
「君よりも先にテルーへ服を贈ることができてうれしいよ」
だから、何故そこで火花が散るんだ!?
「さぁ、テルー。履いてみて?」
ランさんが箱からパンプスを取り出し、床に置く。
そして、まるで童話のワンシーンのように片膝をついてみせた。ゆっくりと顔を上げて、わたしを見てくる。
「は、はい……」
拒否なんてできなかった。
パンプスはヒールがあるものの低めで太く、ビジューの輝きはちょうどよく、どうしてわたしの足のサイズを知っているんだろうとびっくりするくらいにどの部分も完璧にフィットしていた。
促されるままにイヤリングとネックレスもつける。
イヤリングをつけるのなんて何年ぶりだろう。耳たぶに違和感がある。
「似合うだろう?」
ランさんが問いかけたのは、わたしではなくてハイトさんである。
「……ふん」
ちょっと! それは否定なんですか肯定なんですか?!
どれも高そうだから、あとできちんと払わせていただこう……。
「さぁ、主役も着飾ったことだし、向かうとしようか」
手を差し出してきたけれどさすがにそれは断った。
あぁ。
どうして、どうしてこんなことに……?
*
*
*
「お待ちしておりました」
連れてこられたのは、ランチをいただいたレストランの隣の建物だった。
前を通ったことは何回かあるけれど、外に看板もメニューもないからお店ではなくレストランの作業場かと思っていた。
入り口に執事のような店員さんが待ち構えていて、恭しく一礼すると個室へ案内してくれる。
薄暗く、照明はきれいなシャンデリアのみ。
わたしが奥、その左にハイトさんとシュバルツが座る。わたしの向かいにランさんと、もうひとり、ランさんが招いている人物が座るという。
たぶん、白とグレーで構成されているだろう壁とテーブルとソファの色。
落ち着いた雰囲気に、きょろきょろしてしまう。
「ここは常連のみが入れる別棟なのさ。1日1組限定、フルコースのみ」
「ひぇっ」
「貴様の愉快な顔はできるかぎりしまっておくことだな」
「せいぜいがんばってくださいね」
「ひ、ひぃ……」
「パンはお代わりし放題だよ」
「やったー! それは最高ですね!」
だって、この前のフォカッチャ以上のものが出てくるということだもん。
バゲットなんかもきっと瑞々しくて美味しいんだろうな。
想像するだけでよだれが……。
ランさんが顔を背けて笑いをかみ殺す。
うっ。どうせわたしはパン馬鹿ですよ……。
「ちなみにもうひとりの方って」
「あぁ、そうだったね。もうすぐ来ると思うよ。今日が最後の日だったから」
「……え? 最後の日?」
そのときだった。
かつん、かつん。
「お連れさまがお見えになりました」
すっと執事さんが現れる。
ランさんが、執事さんの後ろに立つスーツ姿の人物に向かって手を挙げた。
「やぁ」
「遅くなって申し訳ない」
現れたのは、ベージュのスーツ姿の——
「紹介するよ。レーベン・タウゼント・アインヘルト。騎士団の新入団員で、勇者リーベのひとり娘」
金色のベリーショート。
清々しいまでの空色をした大きな二重の瞳。
すらりと細身のパンツスーツを着こなし、ヒールも高く細く。
一瞬男性かと思ったけれど、中性的な女性。
まるで女優さんのようだ。
いや、ちがう。もっと的確な表現が。えーと。なんだっけ。
そうだ!
これは前世でいうところの『ヅカ』だ……!
気づいた瞬間、雷に撃たれたかのように衝撃が走った。
「はじめまして。レーベンです。レイと呼んでください」
低めの落ち着いた声。
ほっ、微笑みが美しい……!
背景に黄金のマリーゴールドが咲いている……!
「テルー? どうしたんだい……?」
がたっ。
わたしは勢いよく立ちあがった。
レイさんの方が当たり前のように背が高い。
「は、はじめまして。シュテルン・アハト・クーヘンと申します!!!」
「話はランから伺っています。私もテルーと呼んでいいですか?」
「も、も、もちろんですっ」
ひゃー。見つめられるだけで顔が熱い。
ハイトさん、ランさんだけではなく、レイさんまで。わたしの周りの顔面偏差値が急激に上昇中である。
「あんぱんもクリームパンもほんとうに美味しかったから、どうしても実際に会ってお礼を言いたかったんです」
「こ、光栄です……」
「ランにお願いしたら今日ディナーに誘ったと言うから、急遽参加させてもらうことにしました。宜しくお願いしますね」
「レイ嬢は、明日には王都に帰ってしまうからね」
わぁ。ランさん、ありがとうございます……。
わたしが浮かれている一方で、ハイトさんがやけに静かなことにようやく気づく。
「……リーベの、娘」
既視感のある呟き。
そういえば、小豆を買ったときにリーベさまの話をしたときも似たようなことを言っていなかったっけ?
レイさんがすっと右手を差し出す。
「お初にお目にかかります、魔王ドゥンケルハイト。母からあなたの話はよく聞いていました。今回のクリームパンの件、結果としてあなたの無実が証明されたことをうれしく思います」
ほんの少しだけ躊躇って、でも、ハイトさんは座ったままではあるものの握手に応じた。
「
「あのひとが元気でない日を知りません。おそらくあなたに会ったことを報告したら、興奮して自分も会いに行くと言い出すでしょうね」
「ふん。容易に光景が想像できる」
ちく。
……な、なんだろう。この感覚。
伝説としてしか知らない話を目の当たりにしているから緊張しているのかな。
ぱんっ!
話を遮るように両手を叩いたのは、ランさんだった。
「さぁ、全員揃ったし、乾杯しようか?」
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