25.美味しいパン粉はアイディアを生む
「あのっ」
「お待たせいたしました。本日のメイン、仔牛のカツレツでございます」
タイミング悪く次の料理がきてしまう。
うわー。骨付きのカツレツなんて初めて見た!
白くて丸い皿の中央にカツレツ、脇にはレモン。そして、皿の手前には赤青緑のソースが点々と。見た目がもうおしゃれすぎる。
カツレツの細かいパン粉が星くずのようにきらきらと輝いている。
さくっ。
ナイフを入れるとパン粉の崩れる軽快な音と、びっくりするくらいやわらかい肉質。
ひと切れ口に運ぶと、まず濃厚なチーズの香りが広がる。それから牛肉のまろやかだけど強い旨み。
チーズ風味のパン粉はさくっとしているのにふんわりと軽い。
牛肉が美味しいのは当たり前なんだけど、パン粉が美味しいってどういうこと……?
パン粉……。食パン……?
そして気づいてしまったのである。
シンプル系のパンって、バゲットやカンパーニュが中心で、実は食パンをつくったことがないということに。
どうして今まで気づかなかったんだろう。
食パンこそ毎日食べて飽きないパンの代表格だというのに。
美味しい食パン。
美味しいパン粉。
美味しいカレーパン。
あぁっ。妄想が膨らむ、夢が広がる!
はっ。
視線に気づいて顔を上げると、レイさんがにこにこしながらわたしを見ていた。
は、恥ずかしい……。
「いいんだよ? それにしても、テルーはほんとうにパンが好きなんだな」
「レイ嬢も分かってくれたかい。テルーを見ていると、僕が幸せな気分になれると言った意味が」
「あぁ。とても」
待って、ランさん。それは一体どういう意味ですか。
そして何故レイさんは同意するのですか。
「ふん」
ふたりに対して面白くなさそうにするハイトさんとカツレツに夢中なシュバルツ。
この微妙な雰囲気を変える為に無理やり話を逸らす、というか訊きたかったことを口にする。
「あっ、あの、レイさんはどうして騎士になりたかったんですか」
レイさんは新しくなみなみと注がれた赤ワインのグラスを傾けながら首を少し傾げる。
めちゃくちゃ絵になる仕草だ。
「知りたかったから。誇りとは何かを」
返ってきたのは哲学的な答え。
「誇り……?」
「世の中には誇り高き人間もいれば、そうでない人間もいる。勇者リーベの周りには、彼女を慕う者もいれば疎んじる者や利用しようとする者もいた。どうして同じ人間なのに、こうも違うのだろうと母に言ったことがある」
言った、という口調から、当時のレイさんはかなり怒りを含んだ問いかけをしたのだろう。
「それが人間だ、と返されたよ」
「あやつらしいな」
ふっと、懐かしそうにハイトさんが目を細める。
「母は実にシンプルな構造の人間で、とにもかくにも迷わないんだ。善も悪も彼女の前ではフラットになってしまう。一方で私は迷い多き普通の人間として産まれたので、フラットでいる為に、誇りを重んじる職業に就こうと考えたのさ」
難しい。
誇り、だなんてわたしの人生の辞書にはそうそう登場しない単語だ。
「……つまり、レイさんは人間が好きだから騎士になりたかったっていうことですか?」
レイさんは否定も肯定もせず、ただ、わたしを見つめて微笑む。
「だろう?」
不思議な問いかけをしたのはランさんだった。
「うん。気に入った」
「あの、どういう」
「あぁ、すまない。私とランは趣味が同じという話さ」
「へ?」
ますます分からない。
「食べないのなら貰いますよ」
「だめです」
そして何故シュバルツはこういう場面をぶちこわしてくるのか。
ハイトさんにいたってはもう口を開く気すらなさそうだ。
「それよりも、魔王殿に聞きたいんだけど。僕に魔力があるというのはほんとうなのかい?」
おぉっと?
それがランさんの、話したい内容か。
興味ないそぶりをしていたけれどやっぱり気になっていたんだ。
ハイトさんのフォークとナイフを持つ手が止まる。
「余を何と心得る」
「魔王ドゥンケルハイトさ。お祖父さまによって神殿封印されていた」
だから、何故わざわざ火花を散らせるような言い方を……。
「ふん。そう、余は人ならざるものである。故に人間の本質を見ることができるのだ」
「僕の本質には魔力が眠っているということか」
「まるで金脈のようだ。しかし、言っただろう。凄まじい質量の魔力というのは、人間では扱うことはできぬ」
「つまり僕が人間じゃなくならない限り、それを扱うことはできないって言いたかったと?」
「理解が早いな」
何杯目かのワインを飲み干して、レイ嬢が瞳を伏せる。
「ラン、残念だったな。君は誰よりも人間でいたい人間だ」
「君は僕を制するのに長けすぎだ。まぁ、そうだね。とても残念だよ」
そ、それってどういう意味。
たぶんこの場でわたしだけ解っていない。
「魔王殿。私はどうだい? 今の会話で、私も自分の本質というものに興味が湧いた」
「あまりにも真っ当すぎるところは勇者と似ているが、まったく似ていない。色もかたちも、貴様だけのものだ。勇者が燃えさかる炎なら、貴様は水だ。大きな河だな」
「ははっ。いいね! 魔王殿は詩人にもカウンセラーにも向いているよ」
「あの、ハイトさん。わたしは? わたしは?」
混ざれないのがなんだか悔しくて食い気味に尋ねてみる。
するとハイトさんはわたしのことをじっと見てから、残念そうに見下してきた。
「貴様は、パンだな」
ぶっ。
向かいに座っているふたりが耐えきれず吹き出した。
ちょっとー!?
ハイトさんは涼しい顔をしている。
だけど、言ってやった感があってちょっと腹が立つぞ。
それならわたしだって。
「だったらハイトさんは真っ白ですね! 現役魔王じゃなくなって、これから新しい人生? ですもんね!」
しーん。
あれ? わたしは何かまずいことを言ってしまった……?
「ふん」
ハイトさんは怒っても喜んでもいない、やっぱり無表情だった。
*
*
*
そのあと、絶品すぎる渡り蟹のパスタとミルクジェラートをいただいて、時間はあっという間に過ぎた。
ランさんとレイさんは教会へ帰るので、店の前で解散だ。
「今日は楽しかったよ。またエアトベーレに来るときは会いに行くから」
「はいっ! お待ちしています!」
「おやすみ、テルー」
「!」
そう言うとレイさんは頬にキスをしてくれた。
はああ、すてきすぎる……。
はっ!
視線を感じ、レイさんの隣に立つランさんからは一歩離れて警戒。
するとランさんは楽しそうに手をひらひらと振ってみせた。
「やだなぁ。テルーのいやがることはもうしないさ。おやすみ、いい夢を」
それは本心……?
とりあえず信じておこう。うん。
「はい、おやすみなさい」
お店の前でふたりの背中を見送って、ぽつりと呟く。
「それにしてもレイさんってほんとうにすてきな方ですね……」
ときめきがはんぱない。
確実にわたしのなかで『推し』になった。
あぁ、推しが尊い……。
「ふん」
「勇者さまの娘だから気にくわないかもしれないけれど、仲良くしてくださいよ」
「誰もそんなことは言っていない」
歩き出すと、アルコールを口にしたこともあって、夜風が気持ちいい。
ヒールも太いから歩きやすい。
ランさんは歩き慣れないわたしに気を遣ってくれたんだろうな。あ、しまった。パンプスなどなどのお金を支払っていない……。次会うときに、いくらだったか訊いてちゃんと支払おう。
ステップも軽やかに、ハイトさんたちの先を歩くも立ち止まって振り返ってみる。
「そういえば魔王の力が入ったパンって話がありましたけど、わたし、最初にハイトさんの炎で焼いたパンを食べちゃいましたよね。あれって大丈夫なんですか?」
「その前に余と貴様は雇用契約を口頭で結んだだろう。それを強固なものにさせただけだ」
「な、なるほど……」
とりあえず大丈夫ということなんだろうか。
大丈夫ということにしておこう。
「というか誰もかれも貴様って呼ぶの、どうにかなりません?」
「貴様が命じるなら検討しよう」
「もー。すぐ貴様って言う! わたしの名前はシュテルンですよ。百歩譲って、店長でもいいですから、貴様以外で呼んでください」
アルコールも手伝ってか、勢いで言ってしまう。
そもそも雇用契約を結んだときにしか名前で呼ばれていない。
あとはぜーんぶ、貴様呼びなのだ。
「テルー」
「へっ」
ハイトさんの銀色の髪が、夜風にたなびいて。
瞳は星のようにきらきらしている。
「そう呼べばいいのだろう? テルーよ」
「あっ、は、はい、ソウデスネ……」
「明日からも美味しいものをよろしく頼みますね、テルー!」
シュバルツまで。
でも。
なんだか、シュテルンよりも、店長よりも、こっちの方がよりふたりに近づいた気がするな。
「はい! 任せてくださいっ!」
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