18.野菜たっぷりタルティーヌ




「へぇ。変わった見た目だね。それにこんなやわらかいパン、初めてだ」

「カスタードクリーム入りのクリームパンといいます。召し上がってください」

「ありがとう。いただくよ」


 はむ。


 粗熱の取れたクリームパンは、カスタードクリームの水分がパンに移ってとてもやわらかくなっている。

 これはこれで焼きたてのときとは違うよさがある。

 ランさんは静かに咀嚼してクリームパンを飲みこんだ。


「いかがですか?」

「見た目はかわいいのに、味はとても上品だね。僕はシュークリームがあまり好きではないけれど、これは美味しいと思う。カスタードクリームの味がいいのかな? 香りのもとがバニラビーンズだけじゃなさそうだ」

「正解です。花のリキュールを王都から取り寄せました」


 花のリキュールの瓶をランさんに見せる。


「特別なパン、ということだったので」

「言ってくれたら僕が取り寄せてあげたのに」


 シュバルツと同じことを言ってる。

 ……って教えてあげたら嫌がりそうだなー。


「どうしたんだい?」

「いえ、なんでもないです」

「しかし、花の香りか。そういえばこの前いただいたクッペも花の香りがした。あれも美味しくいただいたよ。子どもの頃によく食べたパンを思い出した……」


 ランさんが懐かしそうに目を細める。


 それって!


「王都の、神殿のそばにあるパン屋さんですか? 【王の花】っていう、白い煉瓦づくりで、外壁に蔦が這っている」

「そうそう。よく知ってるね」


 よく知ってるも、なにも。


「わたし、そこで3年間修業をしていたんです」


 ほぅ、とランさんが感心するように瞳を見開いた。


「そうか、だから懐かしい味がしたのか。これからは客としてたまに買いに来ようかな」

「お師匠さまのパンには及ばないですが、そう言ってくださるととてもうれしいです」

「僕もこれなら安心して神官長に報告できそうだ。来週、宜しく頼むよ」

「はい。こちらこそお願いします」


 ランさんが軽やかに手を振りながらお店を出て行った。

 ふぅ。

 会話はできるけれど、やっぱりまだ緊張するし、少し疲れてしまう。

 最初の印象が悪かったからな……。


 厨房ではハイトさんが片付けをしてくれていた。


「帰ったか」

「はい。評価もいただけたので大丈夫だと思います」

「もし却下されるようなことがあれば余が出て行った」

「ハイトさんはランさんにつっかかりすぎでは」


 苦笑いを浮かべる。

 魔王と神官、ましてやランさんはハイトさんにとって宿敵の孫だから、しかたないかもしれないけれど。


 パン窯は炎が消えかかっている。

 もう今回はこのまま閉店かな。


 ひょこっ。


「ピザですか? ピザを食べますか?」


 わたしがお店を閉めようとする気配に気づいたのか、店内にいたシュバルツも厨房に入ってくる。


「うーん、そうですね」


 冷蔵庫のなかを確認しつつ考える。使ってしまいたい野菜たちがあるから、ピザじゃないけどピザみたいなものにしてしまおう。


「たしかお店にまだバゲットがありましたよね?」

「ありましたね」

「バゲットを縦半分に切って、それから2、3等分にしてもらえますか?」

「承知」


 ズッキーニ、アスパラガス、赤パプリカ、黄パプリカ、プチトマト。

 たまねぎ、ブロッコリーもある。

 これだけでもずいぶんカラフルなラインナップだ。


 すとすとすと。


 よく洗ってから火通りが良くなるように薄く、もしくは細く切る。

 コンロの上のフライパンにはオリーブオイルと刻みにんにく。まずは弱火でにんにくの香りをオイルに移してから、重ならないように野菜を並べる。

 味つけには塩こしょう。

 しっかり焦げ目がつくまで触らない。両面しっかり焼く。


 じゅー。

 じゅー。


「切れました」

「では、かるーくパン窯で焼いてもらっていいですか?」


 そしてトマトソースと細切りチーズも取り出す。


「焼けました」

「ありがとうございます。あちち」


 バゲットの表面にトマトソースを塗って、オリーブオイルを吸って艶々している焼き野菜を彩りよく並べる。

 そして、細切りチーズを、ぱらり。

 パン窯に入れて、チーズにさっと焼き目がついたらできあがり!


 ほかほか。


「タルティーヌの、完成です!」

「おぉお」

「今日はスパークリングワインにしましょうか」


 きゅぽっ。

 しゅわしゅわ。


 シャンパンのような大それたお高いものではない、どこにでも売っているようなスパークリングワインを開けてグラスに注ぐ。

 これは飲みやすいしアルコール度数も低いから安心して飲める。


 きらきら。


 泡が輝く。


「さぁ、食べましょうか。お疲れさまでした!」


 ごくごく。


 はー。やっぱり、これくらい気軽に飲めるお酒がいい。


 タルティーヌはどうかな?


 ぱく。

 しゃく。かりっ。


 うんうん、程よいしょっぱさ。たまらない!


「なんと……ベーコンもハムも載っていないと不服を申し立てようと思いましたが……チーズとトマトソースが野菜の旨みを濃厚に凝縮してまとめあげている……野菜はくたっとしてやわらかいのにバゲットはしっかりと噛み応えがあり、そのバランスも秀逸……」


 贅沢なランチもしたし、連日クリームパンの試食をしていたから、ちょっと控えめにしてみました。

 わたしだって体重の増減は気にしているのである。


「……」


 ハイトさんが なにかをいいたそうに こちらをみている!


 やだなー、また顔に書いてあったかな?

 へへへ、と笑ってごまかしてみるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る