15.焼きたてクリームパン




 さて、パン生地の発酵が完了した。

 やさしくガスを抜いて、大きさが揃うようにカードですぱすぱ切って、丸める。

 10分ほど寝かせたら成形だ。


「おふたりも包んでみますか?」

「よいのですか?」

「はい。とりあえずの試作なので」


 麺棒を取り出して打ち粉をかるーく振る。こうしないと、パン生地がくっついてきちゃうのだ。

 この世界に『プラスチック』があれば、くっつかないプラ製の麺棒ができるんだろうけれど、こればかりはしかたない。


「まず生地を縦長の楕円形に伸ばします」


 すっ。

 ぽってり。


 てのひらくらいに広げた生地に、こんもりとカスタードクリームを載せる。

 位置は真ん中よりほんの少し奥で。大事なのはこの後はみ出さないようにすること。


「そして一気にかぶせます。ポイントはふちにクリームがつかないようにすることです」


 がばっ。


 生地の下半分を持ち上げて、カスタードクリームをとじこめる。そして生地のふちをしっかりと押さえて、上の生地と下の生地を合わせたら、その部分にカードで4本の切り込みを入れる。

 うんうん。ぽってりとしたグローブのかたちがかわいい!


「見たことのない、ふしぎなかたちですね」

「この切り込みからうまくカスタードクリームの蒸気が逃げてきれいに仕上がるんですよ」

「ほぅ」

「ではでは、やってみてください」


 シュバルツは生地をきれいに被せることができたけれど、ハイトさんが被せようとしたら、ふちにクリームがはみ出してしまった。

 ……はい。もはや想定の範囲内である。

 はみ出してしまった部分を清潔なふきんで拭ってあげる。


「これで大丈夫ですよ」

「ふむ」


 今度はきれいに被せることができた。

 切り込みを入れて、なんとかハイトさんもクリームパンをつくれたぞ。


「我が君、おめでとうございます」


 おめでとうございます……? まぁいいや。


 出来上がったクリームパンはまた発酵させてから、卵液をうすーく塗る。こうすることで艶が出て、美味しいものがより美味しく見えるのだ。

 そして卵を糊代わりに、表面にアーモンドスライスを5枚ずつ載せる。

 イメージは、花びら。


 魔法制御窯で焼いたら、クリームパンの焼き上がりー!


 つやつや。

 ふっくら。


「おおおおお」


 シュバルツが拍手を送ってくれる。

 焼きたてのクリームパンはぱんぱんに膨らんでいる。まるで赤ちゃんの手のようでとってもかわいい。


「はい、どうぞ。なかのクリームが熱くなっているから、やけどしないように気をつけてくださいね」


 わたしも熱々のクリームパンを持って、真ん中で半分に割る。


 ほわ〜。とろ〜り。


 黄金のごとく煌めくカスタードクリームから甘い湯気が放たれている。視覚、嗅覚への破壊力は抜群だ。

 しっかり息を吹きかけて冷まそう。


「ふー、ふー」


 はふ。


「うぅ、おいひい」


 濃厚なカスタードクリームとやわらかくて歯切れのいいパン生地が合っている。ほぼこの路線で完成しそう。


「あちちち」

「シュバルツ、だから言ってるじゃないですか」

「くっ……! カスタードクリームが熱いのに誘惑してくるからいけないのです……スプーンでのひとくちも秀逸でしたが、これもまたとろけるような舌触りが魅惑的……はふはふ」


 たしかに、カスタードクリームをわざわざ熱するのってクリームパンぐらいだよね。

 記憶が正しければシュークリームにヒントを得て発明されたのがクリームパンだった筈だし、カスタードクリームって基本的には冷たいものなんだ。


「冷めてからも美味しいですよ。というか、焼きたてのクリームパンはつくったひとの特権ですが」

「はふはふ……なるほど」

「あっ、ハイトさん!?」


 いつも通り静かにしているハイトさんを見たら、なんとふたつに割ったパンからクリームがはみ出ていた。左手の親指と人差し指がクリームに塗れている。

 もう。

 この魔王、どれだけ不器用なのだ……。

 しゃがんで乾いているふきんを取り出す。


「指、汚れちゃいましたね。今拭くものを……」

「いや、いい」


 伏し目がちに無表情でハイトさんは舌を出して、自らの指をなめた。


 ぺろ。


「……!」


 ぼんっ。


 何故だか赤くなったのはわたしである。見ただけなのに。これは恥ずかしいという感情で合ってる!? 見ただけ、なのに!?

 うわー。

 だって、整った男性の顔立ちでそんなことされると、やっぱり、まるで背景に花が咲き誇ったよう。ランさんが薔薇ならハイトさんは牡丹だ。すっごく大きな牡丹。

 はー。

 落ち着け、落ち着くのだわたし。深呼吸、深呼吸。


 すん。


「貴様はいちいち顔が忙しいな」

「その件に関しては放っておいてください」

「ふん。可笑しな奴め」

「もうひとつください」

「シュバルツの辞書からは遠慮という文字が消えてしまったんですか……? はい、どうぞ」


 とりあえずの試作は上出来。


 カスタードクリームには花の香りをうっすらつけられたら面白いかも?

 だとしたら生地はもう少し濃厚にしてもいいかもしれない。

 次はバターの量をほんのちょっと増やしてみるかな。

 それから、当日はせっかくだから産みたての卵を使いたい。

 うーん、アイディアが広がる! たのしー!

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