14.カスタードクリームのつくりかた




 カスタードクリーム。

 基本の材料は、卵、砂糖、薄力粉、牛乳。


 試作だから卵ふたつ分でいいかな。

 濃厚にしたいので卵黄だけを使おう。


 こん、こん。


 2個の卵をぶつけたら必ず片方しかひびが入らない。

 ひびの入った方を平らなところで割って、ふたつに分かれた卵の殻を使って卵黄から卵白を外す。もう1個の卵も平らなところで割って同じようにする。

 角で割るのは楽だけど、卵の殻のかけらが混入しやすいのでやらない方がいいのだ。

 それから、余った卵白は取っておいてまた何かに使うことにしよう。


 ふたつの卵黄をボウルに入れる。

 まずは少しほぐしてから砂糖を投入。ここでしっかり混ぜて空気を含ませるのが大事なのである。


 しゃかしゃかしゃかしゃか。

 しゃかしゃかしゃかしゃか。


「閉店後だというのにどこからそんな体力が」

「この愚か者はパンの為なら馬鹿力を出せるのだろう」


 ちょっとー。聞こえてますよ?


 とととと。


 片手鍋に牛乳を注いで、沸騰直前まで温めながら作業を続ける。


 濃い黄色だったボウルの中身はどんどん薄くなっていき、どろりとしてくる。

 そこへ薄力粉をふるいながら入れる。


 さらさら。


 薄力粉は強力粉より細かいのですぐにだまになっちゃうからこの作業が地味に重要なのだ。


 レシピによっては薄力粉のかわりにコーンスターチを使うものもあるけれど、わたしは断然薄力粉派だ。なんとなーく、味が濃い気がするんだよね。


 そして粘りを出さないよう薄力粉をささっと混ぜたら全体を均一にならして、温まった牛乳をほんの少しだけ注ぎ入れる。

 ボウルのなかのどろどろに、さらさらの牛乳を一気に入れるとダマやかたまりができやすいので、慎重に、慎重にすべて注ぐ。


 混ざり終わったら漉して片手鍋に戻す。

 ここからが本番だ。


 いざ、強火!

 よし、沸騰!


「ふんぬー!!!!!」


 ぐるぐるぐるぐる!


 カスタードクリームにとろみがつくのは薄力粉のおかげ。

 だから強火で一気に加熱しないといけない。

 だけど焦げたら台無しだから、ここは素早く力強く炊かなきゃいけないのである。


 ぐるぐるぐるぐる!


 そしてすぐにカスタードクリームが艶めいてくる。


 とろーり。

 つやつや。ぴかぴか。


 火を止めて清潔なバットに移したら、隙間に空気が入らないようぴったりとラップを密着させて、保冷剤でびっちりとコーティング。


「あちち」


 ここは熱さとの闘いだ。

 一気に冷まさないと傷んでしまうので、気をつけて。


「はい。これでしっかりと冷えたら、カスタードクリームのできあがりです」

「おぉぉ」

「しっかりと冷えたら、ですからね?」


 シュバルツが不服そうに見上げてくる。


 バニラビーンズを入れるか、リキュールを入れるかはおいおい考えるとして。

 パン生地はどうしようかな?

 カスタードクリームに合う生地だから、卵は入っていた方がいいのかな。

 砂糖を入れすぎたらけんかしちゃいそうだし。


 とりあえずあんぱんの生地に近い配合でつくってみよう。


 こねこね。こねこね。


 発酵器にパン生地を入れて、ひと息。


「ひとくち、味見してみますか?」

「遅い!」


 えーと、シュバルツ?

 ……遅い、とは?


 冷えてぷりっと固まったカスタードクリームをもう一度漉して、やわらかくほぐす。

 ティースプーンにひとくちずつ載せてハイトさんとシュバルツに渡す。

 もちろん自分の分もある。


 ぱく。


「はぁ……ひとくちだけなのに脳天を刺激する優しい甘みととろみ……こんなもの初めて食べました……」

「スプーンを差し出してきてもふたくちめはないですよ」

「ドケチですね」

「最近食いしん坊がエスカレートしていませんか……? パンにしたらまた食べてもらいますから」

「しかたありません、許しましょう」


 そして恒例、ハイトさんをちらりと見る。

 うんうん。

 まずそうな顔はしていないから問題なさそうだ。


「これはこれで完成なのか?」


 お? 珍しく質問?


「実は悩んでいます。なにかいい香りをつけたくって。ふつうはここにバニラビーンズを入れるのですが、特別と言われたらもうひとひねりしたいんですよね」


 するとハイトさんが少し間を開けてから呟いた。


「貴様らしさを出すなら、花の香りはどうだ」

「え?」


 ハイトさんは無表情ではあるものの、わたしをしっかりと見つめてきた。


「酵母も、花なのだろう?」

「その発想はありませんでした……!」


 というか、考えてくれたなんて。


「貴様。真面目に意見したのに、何故笑っている?」

「すみません。なんだか、弟子っぽいな、と思いまして」

「ふん」


 しまった。

 我慢してもにやにやしてきちゃう。

 ちょっとどころじゃなく、うれしいぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る