13.あんぱん大量注文
「いらっしゃいませ〜」
「やぁ、シュテルン。今日も盛況だったみたいだね」
「ランさん!」
開店日の夕方。
お客さんのいない閉店間際に訪ねてきたのは、ランさんことフランメ・フンダート・ロトローゼ。
今日は神官のローブを着ている。白地を基調としていて、襟の部分は紺色に金糸の刺繍。かっこいいひとが着るとほんとうにかっこいい。
って、我ながら語彙力のない説明だな。
「……って、ほんとうに神官さまなんですね」
「残念ながら神官さまなんだ」
言葉通り残念そうに微笑むランさん。それだけで、背景に薔薇が咲くようである。
ほんとうに優雅な顔面をしているひとというのは、こうやって背景にいつでも花を咲かせることができるのか。わたしには一生かかっても無理な話だ。
「今日は君に仕事の依頼をしにきたんだけど、今、大丈夫かい?」
「仕事の依頼?」
「ここの店のあん……ぱん? とやらを、神官長がお気に召したそうで、大量注文したいとのことなんだ」
「えええ?!」
びっくりしすぎて叫んでしまった。店内にお客さんがいなくてよかった。
「たたた、大量注文!?」
「そんな驚くことはないだろう。この商店街の近くにある教会は分かるかい? 僕の勤め先はそこなんだけど、来週、騎士団の研修が行われるんだ。そこで【一番星】のあんぱんをふるまいたいということでね」
「謹んで承ります!!!」
「……慎んでいる割に大声だな」
ガラスケースの奥にいたハイトさんが、すっと店内へ出てくる。
「しかし、監視だけに飽き足らずちょっかいをかけてくるとは、よほど貴様たちは暇を持て余しているのだな」
「穿った見方をするね」
くすくす。ランさんが笑う。
このふたりが会話しているとどうも目に見えない火花が散っている気がしてなんだか緊張してしまう。
「心配しなくていいよ。神官長はほんとうにここのパンを気に入ったみたいなんだ。他にはないやわらかさがいいってね」
「ふん」
「ハイトさん、魔王だからってなんでもかんでも疑うのはよくないですよ。がんばらせていただきますので、宜しくお願いします」
なんてったって大量注文なんて開店以来初めてのことなのだ。
腕が鳴る、まではいかないけれど、わくわくしてしまう!
「いい報告を持ち帰れそうで安心したよ。それから、神官長が、できたら特別なパンをつくってほしいとも言っていたんだ。就任してから初めて騎士団の研修を受け入れるみたいで、張り切っているんだよね」
「特別なパン……?」
やわらかいパン、ってことだよね。
うーん。何がいいだろう。
「それにしても神官長はいつここのパンを食べたんだろう。僕でさえ食べたことがないのに」
「あ。食べてみます?」
ガラスケースのなかに残っていたクッペをひとつ包む。
距離を取りつつ差し出した。
「あいにくあんぱんは売り切れてしまっているので、これはふつうのクッペですがどうぞ」
「幾らだい?」
「お代は要りません。この前、ランチを奢っていただきましたから」
正しくは、支払うと言っても受け取ってくれなかったから。
たしかに帰ってから調べてみたら、とんでもない価格のランチではあったけれど。あんなランチを平然と食べられるランさんはさぞお金持ちなのだろう。
「それから、特別なパンの試食をしてもらえたら助かります」
「ありがとう。それなら喜んでいただくとするよ」
「ちなみにどんな感じのパンがいいんでしょう」
「神官長は甘党だから、甘いパンでいいんじゃないかな?」
「甘いパン……考えてみます」
「宜しく。じゃあ、また様子を見に来るよ」
ランさんがお店から出て行く。
もう今日はこれで閉店してしまおうかなと思って、店の外のプレートをひっくり返す。
店内に戻ると不機嫌を隠そうともしないハイトさんは両腕を組んで憮然としていた。
「貴様は他人を疑うという精神がないのか」
「……すごく魔王っぽいことを言われているような気がします」
「何をのたまっているんですか。我が君は唯一無二の魔王です」
「いや、それはその通りなんですけど」
そしてハイトさんがランさんをよく思っていないのは知っているけれど。
「なんでもかんでも疑ってかかっては人間の社会生活は成り立ちませんよ」
「ふん」
まぁ、つっこんでみたものの、魔王にそれを言うのもおかしな話だよね。
それよりも、甘くてやわらかいパン、かー。どうしよう。
あんぱんの流れでいくと、クリームパンとかメロンパンとか?
チョココロネも見た目がかわいくていいよね。
因みに今思いついたパンは全部『日本』発祥だといわれているので、珍しがってもらえると思う。
あんぱんはまるいから、グローブのかたちをしたクリームパンはどうかな。
わたしが黙りこんでしまったことについてハイトさんが呆れたようにコメントしてくる。
「ほんとうに貴様はパン以外興味がないのだな」
「うーん。否定はしませんし、今からさっそく試作をしてみようと思います」
「仕事熱心でいいことですね!」
けなしているのか歓迎しているのか分からない口調で、シュバルツがきらきらと瞳を輝かせた。
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