10.薔薇の男の招待
カーテンの隙間から射し込む光で、ぱちっと目が覚める。
「ん〜!」
今日から3日間の定休日である。
あんぱんも好評だったし、いい目覚めだ。
しゃっ。
カーテンを開ける。こんなに晴れているなら今日は家事日和だ。
動きやすさ重視で生成り色のワンピースと黒のレギンスパンツに着替えた。
溜まっていた洗濯物を洗ってくれるのは、魔法制御されている洗濯機だ。二層式で、洗濯槽で洗い終わったものを脱水槽で絞って、2階のベランダに干す。
空は雲ひとつない。
洗濯がはかどる、はかどる。シーツもすぐに乾きそうだから洗っちゃおう。
がこん、がこん。
洗濯機を回しながら朝食の支度。
小さなキッチンでもコンロは2口ついている。もちろん、これも魔法制御されている。
残って持ち帰った、大きなくるみ入りカンパーニュ。
2cmくらいにスライスしてトースターで温める。表面がこんがり焼けたところで、一切惜しむことなくたっぶりバターを塗る。
バターは決して安くない分普段はケチケチしちゃうけど、休日のささやかな贅沢。
飲み物は熱々のお湯を沸かして、温かい紅茶。それからガラスの器には無糖ヨーグルトにミックスベリー。
最高の朝ごはんだ!
さく。
かりっ。
じゅわ〜。
ひとくち囓ると、カンパーニュの香ばしさとバターの風味が口のなかに広がる。
カンパーニュは全粒粉やライ麦入りの配合だから元々香ばしい。
そしてトーストするとよさが倍増すると思っている。
田舎パンとも呼ばれているカンパーニュ。大きくてずっしりと重たいドーム状のパンだ。味は見たまま、素朴で噛めば噛むほど旨みが増していく。
【一番星】のカンパーニュは、プレーンともう1種類。
今回はくるみ入りだったけれど、サイコロ状にカットしたチーズやドライフルーツを入れるときもある。
なにせ、カンパーニュは地味だけどリピーターの多い自慢のパンなのだ。
「ん〜! おいしい〜!」
シュバルツのように足をじたばたさせながら美味しさを自画自賛。
「はー、ごちそうさまでした。洗濯の続きしようっと」
気分がいいなぁ。美味しい朝食って、いいエネルギー源になるよね。
ひととおり家事を済ませて一気に店内の掃除もしようと降りていくと、入り口に飾っておいた薔薇の花束に視線が吸い寄せられた。
薔薇の花束なんて生まれて初めてもらってしまった。見事に鮮やかできれいだ。
とはいえ、経緯が不可解すぎてすなおに喜べない。
「はぁ……」
瑞々しさが少し失われかけた薔薇を眺めて、溜息をひとつ。
ランさんは、また来ると言っていた。回避できないのなら、今度は近づかれないようにしっかりと距離をとっておかなきゃ。
深い深い真紅の瞳の持ち主。
あんな瞳の色の人間なんて見たことがない。
きっと、彼はとんでもなく強力な炎魔法の使い手に違いない。
冒険者なのかな。いいなー、炎魔法。……じゃなくて、ほんとに何者なんだろう。
お店のベルが鳴る。もしかして。
「ランさん……!」
予想的中、扉の外に立っていたのはランさんだった。今日はダークネイビーのスーツを着ている。
姿を見た途端に手足の先が冷えていく。
過呼吸になってしまわないよう、意識して深呼吸……。よし。
すると。
「余が出よう。貴様は引っ込んでいろ」
「——!」
突然背後から現れたハイトさんが、扉を開けてくれた。
「本日は店休日である。お引き取り願おう」
「おや? 休みなのに店員さんもいるんだね」
ランさんが優雅な微笑みを浮かべた。
……ん?
なんだ? わたしの頭上で火花が散っているような気がするぞ……?
一方で、ハイトさんはランさんを一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らした。
「なるほど。貴様、神官か」
神官!?
「薔薇の花束には隅々まで浄化魔法がかけられていた。だが、余はそもそも人間に対して一定方向の力を使えぬよう封印されている分、影響など微塵も受けぬ。考えが甘かったな」
……あ、だから、薔薇の花束に対して何かを言いかけていたのか。
一定方向の力を使えない封印、というのは、危害を加えられないようになっているということかな。
「貴様の祖父に尋ねれば分かっただろうに、浅慮なことだ」
「……そこまで気づいているならしかたないな」
一切動揺することなくランさんは両手をこちらへ向けた。
分かりやすい降参のしぐさだ。
「あらためて自己紹介するよ。僕の名は、フランメ・フンダート・ロトローゼ。こんなところで立ち話もなんだから、場所を移動しないかい? 今日はランチに誘いに来たんだ」
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