9.あんぱん新発売




 さてさて、新商品のあんぱんが登場である。

 ガラスケースは二段になっているのだけど、二段目の真ん中という最も目立つ場所にあんぱんを並べる。


 開店すると早速お客さんから不思議そうに尋ねられた。


「このまるいパン、見たことないけど何……?」

「食べてみてください。新作なんです」

「いつものパンと見た目からして違うんだけど、どんな味なの」


 わたしの代わりに答えたのはシュバルツ。


「非常に美味しいですよ。パンはふわふわとやわらかく、なかに包まれたあんこというものがまた絶妙な甘さで、感動のあまり涙を流してしまうほどです。なにせ、我が君も美味しいと言っておられますから」

「え……? ハイトさんが……? だったら買うわ」


 ちょっと!?

 腑に落ちないのだけど、まぁいい。

 まずは手に取ってもらわないと始まらないのだ!


 初日はシュバルツの口でちらほらと売れてくれたあんぱん。

 2日目は、なんとリピーターが来てくれた。


「ひとつ試しに買ってみたら美味しかったから、まとめて買います」

「あああ……ありがとうございます!」

「家族にもお土産で」

「是非とも! ここでしか売ってませんから!」



 あんぱんの順調な売れ行きに数を追加することにした。

 夜、お店を閉めてから必死であんこを炊く。


「アラームが鳴っているぞ」

「むにゃ……あ、ハイトさん。ありがとうございます」


 蒸らし時間が終わったことを告げるアラームが夜の厨房に響いている。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


「すみません。閉店してからもいてくださるなんて」

「かまわぬ。余に睡眠というものは必要ない。……それにしても、貴様はいつもこうなのか」

「? こう、とは?」

「働いていないと呼吸ができないのか、と問うている」

「えへ」


 あ、ちょっと。

 そんな汚い物を見るような眼差しを向けないでくださいってば。


「昔っからよく言われてました。がんばりすぎ、働きすぎって。きっと一生、こういう性分なんですよ」

「20歳そこそこの人間のくせに、余に対して昔などとのたまうか」

「それもそうですね」


 砂糖を量りながら笑って返す。

 前世の記憶がある、って言ったらハイトさんは驚くだろうな。


「あれ? シュバルツは?」

「奴なら余のなかで眠っておる。あれは余の第一従者と名乗らせているが、元々は余の一部なのだ」

「一部……」


 とはいえ前世云々のことはシュバルツを通してハイトさんに知られていないんだろうか。

 表層だけ、と言ってたけれど、いまいちどこまで思考を読まれているか分からない。


「いいんですか? そういう重要そうな秘密をぽろっと話しちゃって」

「貴様は余の雇用主だろう」


 お。

 ちゃんと、契約、じゃなくて雇用主って言ってくれるようになってる。


「じゃあ雇用主が、美味しいものをつくってあげましょう」


 あんこを煮る傍ら。

 わたしはスライスしてあるバゲットをこんがりトーストする。そして片手鍋のなかにあるオニオンスープを温め直して、マグカップに注ぐ。

 トーストしたバゲットをぷかりと浮かばせて、細切りチーズを乗せる。

 魔法制御窯でチーズをこんがりと焼いたら、上に乾燥させた粉末パセリと黒胡椒をぱらり。


「どうぞお召し上がりください」


 オニオングラタンスープ。冷凍庫にストックしてある、作業する日の夜食だ。


「わたしも、いただきます」


 はふはふ。


 スープを吸ってふにゃふにゃになったバゲットとチーズの相性のよさ。遠くにガーリックの風味をわずかに感じるオニオンスープのコク。あぁ、疲れた体に染みる……。


 ハイトさんも無言で食べている。

 シュバルツがいないと感想係がいなくて静かだけど、シュバルツがハイトさんの一部だというなら、きっとハイトさんも美味しいと思ってくれているのだろう。

 だとしたら、うれしいな。

 なんて。



 口コミで買ってくれるお客さんも現れた。

 そして。


「あんぱんをください」

「……すみません、売り切れてしまいました」


 3日目は早々に完売である。


「やったー!」


 思わず勢いでシュバルツとハイタッチをしてしまう。


「シュバルツのおかげだよ! ありがとう!」

「礼を言われるほどではありません。私は、我が君の感想を伝えたまで」

「それがよかったんだよ。ハイトさんも、ありがとうございます、……」


 なんとハイトさんが無表情で両の掌をこちらへ向けていた。

 まさかのハイタッチ待ち……?!

 魔王が? 人間なんかと? いいの?

 だけど、しっかりと手伝ってくれたもんね。


「ハイトさんも、お疲れさまでした!」


 ぱんっ。


 もう、しかたない。

 楽しくなってきちゃったじゃないか。


「試用期間はおしまいです。あらためて、宜しくお願いします!」


 わたしはふたりに向かって、勢いよくお辞儀をした。

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