7.あんこを炊こう




 さて、さっそくあんこを炊こう!

 厨房に入ると、エプロンの紐をきっちり縛り直して、両手を泡立てた石鹸でよく洗う。


 大きなお鍋にたっぷりと湯を沸かす。

 たしか黒豆と違って、小豆は一晩吸水させる必要がない。直接、熱湯に入れて炊くのだ。まずはお試しで300グラムを量る。

 固くてきらきらしている、なんて美味しそうな小豆だろう。


 かしゃかしゃかしゃ。ざるでよーく洗う。


「お。沸騰してきたかな?」


 湯が沸騰してきたらそこに小豆を入れて、もう一度沸騰させる。

 それからびっくり水。

 つまり、冷たい水を入れて温度を下げるのだ。これは小豆の温度にむらをなくす為の大事な作業だ。


 しばらく煮ていると沈んでいた小豆がお湯の表面に浮いてくる。それを一度ザルにあけて、流水で洗う。たしか、渋切りっていう作業。

 もう一度お鍋にお湯を沸かして、小豆を入れて。

 火加減は弱火。やわらかくなるまで煮る。あくはこまめに掬う。お湯が少なくなってきたらお水を足して、小豆がお湯の外に出ないようにする。


 ぐつぐつ。ぼこぼこ。


「うんうん、やわらかくなってきた」


 くしゃ。


 1粒2粒取り出して指の腹で潰してみる。小豆が膨らんでやわらかくなってきた。ここからしっかりと蒸らしていこう。


「えっ!? いたんですか?!」


 ふと視線に気づくと、ハイトさんとシュバルツがこちらを見ていた。

 ここまでの間、どうやらずっと作業を見ていたらしい。


「いたんですか、とは我が君に失礼な。第一、ここまであなたを運んできたのが我が君だったのをお忘れですか」

「ご、ごめんなさい」


 しまった。作業に没頭すると周りが見えなくなってしまうくせを発揮してしまった。


「あなたの謝罪などどうでもいい。それよりも何か美味しいものを我が君へ献上なさい」


 うーん? それはハイトさんが、というより、シュバルツがお腹空いたっていうことだね?

 食べ物、ではなく美味しいもの、っていうのがなんだか笑える。


「私は我が君の従者。空腹加減は我が君とリンクしているのです」

「はいはい、はいはい」


 それならさっき貰ってきたお餅をちょっとだけ使おう。

 魔法制御窯を予熱して、温まったらお餅を3つ投入!


 同時進行で冷蔵庫からとっておきの醤油を取り出す。なかなか売ってない貴重品でお値段も張るから、ちびちびと使っているものだ。

 お醤油を小皿に注いで砂糖と混ぜる。

 それからずっと前に取り寄せて、これもたいせつにちびちび使ってきた、海苔も用意。


 魔法制御窯のなかはどうかな?


 こんがり、ぷっくり〜。


 あー! これこれ! お餅って美味しくなっていく過程も楽しいんだよね。


 焼き上がったお餅に砂糖醤油を両面べったりとつけて、煌めく海苔でぐるりと一周。

 はぁ。香りだけでもう美味しい……。


「はい、どうぞ。熱いしやわらかいので、喉につまらせないよう気をつけてお召し上がりください」


 はふはふ。もちもち。ぴろーん。


 懐かしい味に涙が出そうだ。


「何ですかこれ……初めて食べました……外はこんがり……なかはもちもちとした食感……そしてこの甘じょっぱい謎の調味料との相性が異常によい……黒い周りは磯の香りを遠くに感じます……」

「もちもちしているだけに、餅です」

「はい?」

「あの、馬鹿にするような目で見てこないでください」


 もっちもっち。


 隣でハイトさんはしっかりとお餅を咀嚼している。

 すると目を離した一瞬で、シュバルツはその場に崩れ落ちた。


「ごふっ」

「シュバルツ!?」

「もっ……ももも……」


 涙目。息が苦しそうだ。体に合わないものが入ってたんだろうか……。どうしよう。

 一方でハイトさんは冷静に、シュバルツに向かって手を翳した。


「△」


 ぽんっ。


 喉から食べかけの餅が飛び出してくる。


「ごほっ……」

「安心しろ。餅とやらが、喉に詰まっただけだ」

「えええええ……」

「げほげほ……お救いくださってありがとうございます、我が君」


 だから気をつけて食べてくださいと言ったのにー!

 お餅は美味しいけれど、窒息死の原因にもなるんだから!


 ぴぴぴぴ。


 説教しようかと思ったら、タイマーが鳴った。

 1時間の蒸らし、完了である。蒸気火傷しないよう慎重に、小豆をザルにあける。


 ここからが本番。

 小豆と水、砂糖をちょっとずつ加えて火にかける。

 砂糖を入れないとただの煮小豆になってしまうから、砂糖はたっぷりと。だけど最初からたくさん入れてもかたくなってしまうので様子を見ながら加えていく。

 うーん、最終的に同量くらいになればいいかな?


 どろーり。


 水分がとんでしっかり煮詰まったら、バットに移して、冷ましてかんせーい!


「できました! あんこです」

「なんですか、その真っ黒い物体は」


 水を飲んで落ち着いたシュバルツが言う。


「ほっこり甘くて美味しいんですよ。ちょっと待ってくださいね」


 あんこを小鍋に入れて、水で少し溶きのばす。

 そこへ作業途中で新たに焼いていたお餅を器に入れて、温めたあんこをかける。


 とろり。つやつや。


 ぜんざいの完成だ!

 眺めていたシュバルツの顔が分かりやすく引きつった。


「げっ」

「天敵みたいに引かないでください。お餅とあんこも相性がいいんですよ」


 ぱく。もぐもぐ。


「甘くて……おいしい……」

「よーく噛んでくださいね?」


 湯気の甘さが目にしみる。

 うん。甘さはばっちり。塩昆布がほしくなる、ぜんざいの完成だ。

 ほっこりするなぁ。

 初めてのあんこ炊きにしてはなかなか上出来だと思う。


 このあんこをやわらかめのパン生地で包めばあんぱんができそう。

 それにしてもどうして今まで考えつかなかったのか。

 やわらかいパンが売っていないなら、自分でつくればよかったんだ。


 小麦粉、酵母、塩、水。

 そこにお砂糖や卵を加えれば、やわらかいパンができる。

 水じゃなくて牛乳でもいいかもしれない。

 けしの実もごまもないから、トッピングも何か考えよう。


 エアトベーレには今まで存在しなかったパンの登場だ。

 大々的に推していきたい。そう考えるとわくわくしてきた。

 よし、あと2日間でパン生地の試作をするぞ!

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