最終話 田原総一朗がふたり
「アンタ…本当に田原さんなのか…!?」
「はい、私が田原総一朗です。俊彦でも孝太郎でもありませんよ!!」
「孝太郎は…俵じゃが…」
不思議な様子で両者の対話を聞いていたのは、さっきまで頭髪をシルバーに煌めかせ、円卓の周囲を駆け回っていたほうの田原総一朗だ。
「さっきから…南部さん、いったい誰としゃっべってるんですか?」
「そ…そこ…やっ…やっぱり…アンタが田原さんなんじゃな!?」
「当ったり前じゃないですぁ。私が田原総一朗、サラダ記念日は書いてませんよ」
「だからそれも俵なんじゃ…ウグッ…グッハァ…!!」
南部が突然、尋常ではない呻き声を上げ、近寄ったのは故林だった。
「…ワシ…ゴーマンかましてよかですか…南部さんの身体が暖かくて…濡れとる…それにこの匂い…南部さんが刺されたぁ…!!」
一同に戦慄が走った。
視界ゼロの真っ暗闇で、スタジオ内に刃物を持った何者かが闖入しているのだ。
警備員はおろか、ほかのスタッフ一同も引き上げ、救援を呼ぼうにも先ほどからスマートフォンの画面は一切、発光しなかった。
「南部さん、誰にやられた!?」「多分…田原さんじゃ…」
一同に一番の動揺が走ったが、疑惑の人物はリアクションが異様だった。
「ちょっと私が何をしたって言うんです!! ふざけないでください」
「アナタ…さっきから私の声でしゃべるのやめてくださいよ。紛らわしいから…」
「アンタねぇ…今は私がしゃべってるんです!! 発言はひとりずつが鉄則です!!」
「いやいや、司会者の私はいつ何時、しゃべってもいいんですよ!!」
明白に双方向から田原総一朗の声が聞こえ、業を煮やしたのは、血気盛んな故林。
自らの立ち位置と近かった田原と思しき人物に詰め寄り、胸倉に掴みかかった。
「オイ…ワシはこういうのは嫌いじゃ。九州人の心が許せんのじゃ。つまりはやっぱり…コレはすべてが仕組まれた、ドッキリだったんじゃ!! ウグッ…がっはぁ…!!」
今度は故林が凶刃に倒れた。
田原はどうにか残りのメンバーをまとめようとするが、分身した田原総一朗に混乱は避けられず、本来は裏方なテレビマンがメディアで堂々と顔を出し続け、視聴者に訴え、ときには挑発してきた自身が姿を失った今、自身の存在を証明する手立てが見当たらないのだ。
「こ…こんなの小説家の私だって戸惑いますよ…!!」
「コレは…トリュフォー主演で映画化するべきだっ!!」
「皆さん、私を見て…私こそが本物の田原総一朗です!!」
田原の怒りがピークに達し、再びシルバーの長髪はボワッと静かな光を放った。
盟友をふたりも失い、高坂と大鳥も黙っているはずもなく、演歌のシングルCDとマイクも輝き始め、三人は光りを頼りに集まり、敵に背中を見せぬように努めた。
「わ…私もキックボクシングやってますから…ひとりやふたり…相手にしますよ」
「助太刀しますよ、高坂さん。私もマイクでぶん殴ってやります!!」
「ちょっと…おふたりとも冷静にッ!!」
かつてパーティー会場で泥酔の末、殴り合いの大乱闘を演じた両者がガッチリとタッグを組み、田原総一朗の声をした怨敵に挑みかかったが…二名の老人はあっさりと地面に崩れ落ちた。
皮肉にも怒りのライトが敵には、目印の役目を与えてしまった。
「高坂さ~ん…大鳥さ~ん!! なんてこと…ウグッ…き…貴様ッ…何をする!?」
ついに捕まった田原総一朗は、喉仏を尋常でない力で締め上げられ、薄れゆく意識の中で視界に入ったのは、怨念に満ち満ちた表情で自らを真正面から睨みつける、田原総一朗の姿。
髪色が自身のシルバーと異なり、ゴージャスな黄金に輝き、毛先の逆立った様は、南部の孫が読んでる少年漫画の主人公とまったく同じであった。
「き…貴様は誰だ…!?」「私は~…田原総一朗だぁ!!」
「な…ならばそれは私じゃないか…私自身が…なぜ私の命を奪おうとする!?」
金色に輝く分身に対し、不思議と田原の驚きは薄かった。
中立的な司会者といえど、議論の中では完全に公平な立場は有り得ず、パネラーの議論を仕切り、論説に耳を傾けながら、常に田原はもう一名の自らと会話している意識に気づいていた。それは事実は一面にあらず、多面的に物事を俯瞰し、疑うことを学んだ終戦後の原体験に基づいていたのではないだろうか。
皮膚感覚的に金色の田原総一朗を存在認識できたが、体力は限界寸前であった。
“ファッサァァッ…!”
ガクッと俯いた田原の頭部から光を放った、白髪が地面に落ち、スタジオ内の地面を不気味に照らした。
「なんだ、アナタ…カツラだったんですか!? コレは驚きですねぇ。真実を伝えるジャーナリストが…ウソつきもイイところじゃないですか。やっぱりアナタが偽物ですね!!」
しかし、田原総一朗の怒りは二段階目に入っていた。きれいに頭髪を失ったピカピカのスキンヘッドが…赤々と眩い光を放ち始めたのだ。
目を剥いて敵を睨みつける、田原。
先ほど仲間たちと作り上げた光量とは比べ物にならず、凄まじい熱を熱を帯びながら周囲を照らし出し、まさしく燃えるような太陽。
本当に朝が来たのだ。
“チャ~チャ~…チャ~チャッチャッ…チャ~~♪”
どこからか定番のオープニングテーマ曲が流れ、スタジオの照明が元通りに灯り、定番の収録セットがお目見え。スキンヘッドの田原は渾身の力を込めた。
「ジャーナリズムは決して…死なん!! さらば…田原総一朗っ!!」
至近距離からの超強力なヘッドバッド。
敵の田原は床に崩れ落ち、ゴールドヘアーの光とともに姿が消え去った。
論壇界の多くの同志を失いながら、田原は己に打ち勝った。
田原は天を見上げ、散っていった仲間たちを想った。
「(故林さん…アンタの漫画、読んだことなかったけど、帰り道に本屋に寄ってみます。高坂さん…新曲、楽しみに聴かせてもらいますよ。大鳥さん…来年の公開映画が撮り終わったんで、今日は遊びに来てくれたんだよね。それと南部さん…今度、お孫さんにプレゼントを持って、会いにいってもいいですか?)」
「た…田原さぁーん…大丈夫ですかぁ!?」
スタジオ内に男性アナウンサーが駆けつけ、田原はサッと素早く、ウイッグを拾い上げて装着した。
「あぁ、皆さん、ご苦労様です。十時までにはスタジオ、片づけてください。私は生放送の準備に入りますから」
田原の気持ちはすでに、このあと十時からの生放送に切り替えられていた。
田原総一朗…怖い男だ。
―おわり―
朝が来ない 2022年の田尻さん🍑銀河と牛🐄 @ginga_tajiri_2022
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