第2話 ライトニング田原総一朗

「あぁ…コレ私ですか? 確かに私の髪が光ってますねぇ」

 メリハリ良く、先ほどの怒りから呆気に取られた様子に変わり、田原は自らの頭上を見上げ、発光する白髪を確認した。

 正真正銘な真っ暗闇で司会の田原も正直なところ、この場にいったい、何人いるのか曖昧な状況であった。

 サラサラ…そしてピカピカなロマンスグレーの頭をかざし、確認できたのは漫画家の故林頼朝。経済学者、南部修。小説家、高坂アキラ。映画監督、大鳥渚子。

 司会の田原を含めて五名だ。

 スタッフやアナウンサーは非常時の社内規定にのっとり、最地下のシェルターに避難。当然、出演者も同行を呼びかけられたが、

「こんな面白いときになんで止めるの!? だからテレビはつまらないんですよ!!」と田原に一喝され、生放送が継続されているかは不明だったが、機材一式の状態は維持され、スタジオには司会者とパネラーだけが残された。

 現在のテーマはもちろん、“なぜ光が消えたのか?”から“なぜ田原総一朗の頭が光ったのか”に切り替わっていた。

「ゴーマンかましますけどねぇ、田原さん、ドッキリカメラじゃなか…!?」

「ありえません…!! 私、ウソは大嫌いなんです!! 人を騙すなんてとんでもない!!」

 ココでも独自の見解を披露し、切れ者振りを発揮したのは南部だった。

「実は孫が読んでる漫画を儂も愛読しとってねぇ…猿っぽい主人公の怒りがピークに達すると、頭髪が光るんじゃよ。田原さん、さっきはずいぶんと怒っとったね」

「何を…南部さん、いい加減にしなさいよ!! 漫画と現実を一緒にして…私もしまいには怒りますよ!! 大体、猿っぽい主人公って…私がそうだってんですか!?」

 “ボワァ~…!”

 またしても…ホワイトヘアードデビル…田原総一朗の怒髪天が光り輝いたのだ。

「あぁ~…ホントだ。やっぱり怒ると私の頭…光るんですねぇ~」

 暗黒物質から少年漫画…月刊ムーと少年ジャンプを読んでる経済学者は、馬鹿にされていた評価が一転。

 一同からの称賛を受け、続いて探るべきは、田原以外も光を放てる可能性だった。

「故林さん、アンタも怒ってるでしょう? 私みたいに光るかもわかりませんよ!!」

「え~と…日本の国体を護持するには…」

「ダメダメダメ~!! そんなんじゃ光れませんよ…故林さん、アンタの本物の怒りを見せて、国のことじゃなくてもイイ…目いっぱいに怒りをぶつけてくださいッ!!」

 田原固有の能力かもしれないのに、すでに体験者としてきついダメ出し。

 貫禄のある身体をビクッとのけ反らせ、故林は世の中に対して、いや…個人的な怒りを沸々とたぎらせ、勢いに任せて爆発させた。

「バカ野郎ーッ…ユウコ~~ッ…!!!!! なんで…辞めたんじゃぁぁぁ…!?」

 豪胆な田原が思わず虚を突かれ、冷静に故林に対する疑問を投げかけた。

「ユウコ? それはいったい誰なんです? 小池百合子ならわかりますけどね」

「ユウコ~ッ…おまえは永遠のアイドル…リーダーじゃなかったのかぁぁ!?(泣)」

 故林が叫んだのは、愛好するアイドルグループを脱退したメンバーの名前である。

 昨日今日の話ならば理解も示せるが、故林の推しが抜けたのはもう三年以上前。

 故林は泣き声にも近い絶叫を響かせたが、幅広い知識の南部でもあまり付いていけず、スタジオは妙に静まり返ってしまった。

「はい、故林さん、もう結構…こ…故林さん!? アンタ…眼鏡が光ってますよ!!」

「えっ…ワシの眼鏡…? あっ、本当だ!!」

 故林は田原の頭髪と異なり、べっ甲眼鏡のフレームからほのかな白い光を放った。

 田原と同じく、故林の怒りもホンモノだったのである。

「これで実証されました…私以外の人間も自ら光れる可能性を持っています」

 “バキッ…ガスッ…!”

 田原が呼びかけるよりも前、怒れる著述家たちの争いが勝手に勃発した。

 突然、高坂が大鳥の顔面を殴りつけたのである。

「アンタはねぇ…いつも私を無視して、小説家より映画監督のが上だと思ってる…」

「高坂さん…こんな暗闇で…危ないでしょうが!?」

 “ボッコ――ンッ…!”

 真っ暗闇で大きな音が轟いた。大鳥は高坂の暴力に屈せず、机の手前に設置されたハンドマイクを取り、視界ゼロで抜群な空間認識力を発揮し、頭を思い切り殴り返したのだ。

「あっ…大鳥さんのマイクが光った…あれ、高坂さんのそれはなんですか?」

 大鳥に光るマイクで応戦され、後ずさった高坂の机の前では、何やら円形の物体が発光し、持ち主の手を離れながら眩い輝きを放っていた。

「あっ、コレは今度出す、CDです。あとで皆さんに…お配りしようかと思って」

 少し照れ臭そうな高坂のニューシングル。

 論壇ではバチバチとやり合いながらメンバー同士、実は悪い仲ではないのは、この非常事態で誰ひとり席を立たなかったことからも明らかであろう。

「あとは南部さんだけですよ。南部さん、アナタの怒りはなんですか?」

「儂はもうジジイですから。もう何も怒りなんか…ハエ…うっとうしいなぁ~!!」

 “バッチーンッ…!”

 意外にも単純な事柄だったが、目の前をブンブンとハエに飛ばれて南部は激怒。

 怒りのあまり素手で圧殺すると…ハエの亡骸がアクセサリーのごとく、光った。

「これですよ!! みんなが光れるんです…皆、それぞれが怒りを持ってる。社会に対してでも好きなアイドルでも、嫌いな相手でも虫でも…カッコ付けるなって…本当に怒ったら表現しないとダメ!! 皆さん、一緒に回りましょう…私の肩に手を置いて」

「ちょっと田原さん…ゴーマンかまし過ぎじゃなかとです?(笑)」

「わ…私は小説家ですがね、キックボクシングやってて…体力は自信ありますよ!!」

「ちょっと南部さん…ハエ殺した手で私の肩に触らないでよ…!!」

「すまないね、大鳥さん。儂もマイクで叩けば良かった…(笑)」

 先頭の田原、続いて故林、高坂、大鳥、南部の順で肩に手を置き、スタジオの中をグルグルと回り始めた。深刻な社会情勢について議論を熱く交わすべく、セットされた円卓の外周を出演者が走り回ったのは、番組史上初であった。

 頭髪から光を放った司会者が先頭に立ち、大半が老人の論説家たちが徐々にスピードを上げ、まるで月の周りを公転する、太陽を思わせた。

「我々が太陽になったぁ。皆さん…朝ですよ!! 朝まで生テレビ…また来週ッ!!」


 自らの光を夜明けと認定し、長かった番組は幕を閉じた。

「はぁはぁ…いや~…こんなに走ったのは久しぶりですよぉ…」

「田原さんが止まらないから…ワシも…漫画家ってのは運動不足なんですよぉ…」

 エンドレスバウトとも思われた朝ナマが無事に放送終了。出演者やスタジオの床にへたり込み、できれば他局の感謝祭マラソンのごとく、酸素吸入器がほしかった。

「あっ、そろそろ光も薄れてきましたね。じゃあ次のテーマ…環境問題を」

「田原さんゴーマンかまし過ぎとよ!!(苦笑)。もう少し休みましょう…」

「た…田原さん…田原さん…田原さんっ!?」

 田原の名を連呼したのは、普段は穏やかな口調の南部修。

 冷静な状況分析で一同を導いてきた南部が、明らかな狼狽を見せている。

「はい、田原です」「違う、アンタじゃない!!」

 南部は完全に取り乱した様子。

 弾んだ息を整えながら出演者たちは、不穏な空気を嗅ぎ取り、視界の利かぬ空間で懸命に感覚を研ぎ澄ました。

「コッチにも…アッチにも…田原総一朗が…ふたりいる!!」

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