朝が来ない

2022年の田尻さん🍑銀河と牛🐄

第1話 朝が来ない

「いいですか…太陽が消えたんですよ!! コノ問題をいったいどうするんですか!?」

 机をドンと叩き、出席者一同を注目させたのは、田原総一朗、その人。

 生まれは第二次大戦より少し前。多感な少年期に軍国主義教育を叩き込まれ、すべての常識と価値観がひっくり返る激動の時代を経験。

“「おれを騙しやがったな…コノ野郎!!」”という怒りは田原にとっての原体験。

 職業、ジャーナリストというくくり方では浅薄にも思えるこの男は、反骨者という肩書のみが相応しいのかもしれない。

「これからの日本の夜明けにつきましてですね…」「だから今は具体的な対策を…」

“ドンッ…!”

「あなたたち…私が司会者ですよ!! 指された人だけがしゃべってください!!」

 かろうじて鎖に繋がれた猛獣のごとき、論壇者たちを強引に制する、田原。

 一見コワモテだが、世間的には無名だった著述家たちを起用し、放送後には一介の大学教授や文筆家が幅広い知名度を獲得。

 タレントさながらな活躍で主義主張を世間に届け、中には議員バッジを付けるまでに成り上がった者も。

 田原に足を向けて眠れぬ者は多かった。

 今は土曜の深夜。『朝まで生テレビ』の生放送中である。

 中央には司会者の田原総一朗。

 ほか世間ではおなじみ、職業やイデオロギーもまったく異なるパネラーたち。

 このような出演者たちを呼び寄せ、朝までに議論の決着など至ろうはずもないのだが、収録スタジオは異常事態に陥っていた。

「こんな真っ暗なんだから、ちゃんと誰か名乗ってからしゃべってください!!」

「ゴーマンかましてよかですか? 故林です。朝まで生テレビとは言いますがねぇ、何時までが朝ってどこの誰が決めたんですか? ワシも締め切りがありますからね」

「わ…私だって小説家ですからねぇ…」

「黙りなさいッ…!」

 朝までに何ひとつ、結論を得ないのが番組のお約束だったが…夜が明けないのだ。

 現在、司会の田原もほかの出席者もスタッフも、誰ひとりとして姿が見えない。

 完全な暗闇空間の中、放送機材の作動音が健在なのが不気味である。

 スタッフが確認に向かったところ、充電式バッテリーのランプも消え、大規模停電という可能性も潰えた。

 非常階段から外を見ると六本木の街は、星空はおろか、すべて真っ暗だったのだ。

 まるでこの世界から光が消え去ったような怪現象。

 オープニングのイントロが流れたと同時、スタジオ内は漆黒に包まれたが、激動の時代を生きた田原はうろたえなかった。

 現在の模様が果たして、お茶の間に届いているのかどうかも謎だったが、カメラを止めるな!と同様、田原は議論を止めなかった。

 深い闇が終わる朝まで、番組を続けることを決めたのだ。

「ゴーマンかもしれませんがね、放送時間ってモンは決まっとるんだから…」

「故林さんは時間って言いますけどね、時計も見えない…どうするんですか?」

 田原の朝まで生テレビ原理主義を否定し、朝を迎えなくても放送は終えていいと主張したのは、漫画家の故林頼朝。

 破壊的なギャグ作品を数多く世に送り出し、子供たちから、よりりん先生の愛称で親しまれている。

 近年は保守の論客として著書も多数。

「わ…私も小説家ですがねぇ…この際、締め切りより今の状況を話し合いましょう。大体ねぇ、仕事場に戻ったって、こんな真っ暗じゃ漫画だって描けないでしょ?」

「ローソクでも灯せば描けますよ。高坂さんの小説と違って、ワシの漫画は全国のチビっ子が待ってますから」

「ちょっといいですか…? 南部ですが、私の見解を」

「はいっ、南部さん、どうぞ!」

 南部修、経済学者。学生時代は闘争に明け暮れたが、のちに保守へ転向。

 論壇界の重鎮だ。普段はお茶目な好々爺だが、鋭い論説はときに真実を射抜く。

「儂は経済学者なので専門外ですがね…宇宙の暗黒物質というのを聞いたことはありますか? この世で目に見えているのはごく僅かなモノだけなんです。例えば司会者の席に座ってるのは田原総一朗さんですが、人によっては田原トシちゃんに見えるかもしれない」

「アンタは何を言っとるんだ!!  私も映画の撮影中なんで、付き合ってられんよ!!」

「大鳥さん、焦るのはわかるよ。でも、こんな深い暗闇、防空壕の中でも経験しなかったよ…本当に何も見えないんだ。これは光が消えたんじゃない…暗黒物質が世界を包んでいるんじゃないのかね? 儂の説が正しければ、ローソクなんか無駄だよ」

 一旦は南部の言説に聞き入ったが、サファリパークのような朝生スタジオで論客陣が、黙っているはずもなく、いつしか議論はヒートアップしていた。

「ゴーマンかまして悪かですけどね、南部さんは雑誌ムーの読みすぎなんですよ!!」

「小説家的には…なかなか面白いですが、多分、編集者が読んだら書き直しですよ」

「南部さん、アンタは学者より、映画の世界が向いてるんじゃないですかね!?(笑)」

 “ドンッ…ドンッ…ドドドンッ…!!”

「アンタたち…!! いい歳してなんですか…小学校の学級会じゃないんですよ!! 発言をするときは手を挙げて…いや挙げたって見えないから名乗ってからしゃべりなさいって、私がアレほど…」

「た…田原さん…どうしたんだぁ!?」

 出席者で最年少の故林が驚いて声を震わせ、戦前生まれの重鎮パネラーも表情は伺えないが、空気感でビックリ仰天している様子が伝わった。

「南部です…田原さんが光って見える人」

「ハイッ…!!(一同)」

 田原総一朗のトレードマーク、長いホワイトヘアーがボワッと…ほのかな光を周囲に放っていたのだ。

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