第23話 嫌われる覚悟

「あの時は健作、『みんなに悪者みたいな扱いされて一人ぼっちになっちゃった~』って、ビービー泣いてたよね。今思い返してみてもウケる」


登美子さんは10年以上前の出来事をまるで昨日の出来事のように話し、クスクスと笑みを浮かべる。

僕としてはこのような人生を歩むことになってしまった悪夢のような出来事であり、何一つウケないのであるが彼女が、そんな調子なのでつい過去の笑い話の一つのように感じられる。


「ビービー泣く健作にさ、私なんて言ったか覚えてる?」


登美子さんは僕の肩に頭を乗せたまま、顔をこちらに向けた。

距離が近く、僕はもう女性への(良い意味での)アレルギー反応で限界寸前であるが、何とか口を開く。


「もちろん覚えてますよ。『一人ぼっちが寂しいなんて、そういう風に思うから寂しくなるだけだ。だからアンタは一人でも生きていける強さを持て。幼少期から一人に慣れることが出来た人間が、世界中で一番最強だ』でしょ。今考えると、かなりぶっとんだこと言ってますよね。登美子さんのその言葉のせいで、僕は今こんな風になってるんじゃないですか」


「やっぱ。覚えてたか。当時私は高校生の青春の真っ最中でね。それゆえの悩みも重なり、あの時は絶賛拗らせ中だったのだよ。だからアンタに変なことを植え付けてしまった」


世界中で一番最強だ、という幻想にも似た甘い言葉を信じこみ、アニメや特撮のヒーローが大好きだった僕はその方向に向かって真っすぐに突き進むことになった。


そして僕は文字通り、一人ぼっちでも寂しさを感じないくらいの強さを得て、登美子さんの言う最強になった。


人と深く交わることがないため人間関係で迷うことはないし、創作という友達がいなくても困らないような最高の趣味も得た。


そのすべてが、あの時の登美子さんの言葉のお陰なのだ。


だから、感謝こそすれ、責める理由など無いというのに。

登美子さんは僕の目の前で土下座の形を取っていた。


「本当はずっと、謝りたかった。私の無責任な発言のせいで、健作の人生が大きく狂ってしまったんじゃないかって。あんなことを言わなければ、心優しい健作のことだから、きっとたくさんの友達に囲まれてたに決まってる。私がいなければ、健作はもっと幸せな人生を送ることが出来ただろうに・・・・」


登美子さんの声が、段々と小さくなっていく。

きっと今口に出した想いは、ずっと前から胸の内に抱え込んでいたのだろう。


そんな彼女の肩を、僕は優しく撫でる。

顔を上げた登美子さんは、心なしかいつもよりも幼く見えた。


「何言ってるんですか。僕は割とこの人生、気に入ってますよ」


「え」


「もちろん友達がいたらなあとか、人並程度のコミュ力があったらなと思うことは多々ありますけど、こうなったのはあくまで僕の責任ですし、友達なんて作るタイミングなんて中学や高校でもいくらでもありましたからね。そうしなかったのは、変わろうとしなかった僕の責任であって、登美子さんが気に病むようなことはありません」


「でも・・・」


「それに、登美子さんがあの言葉をくれたから、僕は物語という最高の友達を作ることも出来ました。恐らく放課後毎日友達と遊ぶような人生になっていたら、創作の楽しさに気づくことは不可能だった。それに・・・」


僕はキョトンとした表情を浮かべている登美子さんに、優しく微笑みかけた。


「登美子さんが居ない人生なんて、僕には考えられません」


今ならば自然と登美子ちゃんと呼べる気がしたが、僕はあえてそうしなかった。


僕の中では、やっぱり登美子さんはいつまでもくせ者で、自由奔放なお姉さんで居て欲しいから。

そんな彼女に土下座なんて、全く似合わない。



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