第22話 明晰夢②

「寝てる時、うなされてたけど大丈夫?」


登美子さんは、ベッドを背もたれにして体育座りをしている。


僕も隣で同じような体制を取り、明晰夢の内容を改めて思い出した。


「大丈夫です。ちょっと黒歴史が夢に出て来ただけなので」


「何言ってるの。逆にアンタが黒くない歴史を歩いたことなんてある?」


「し、失礼な!!・・・・まあ、ないですけど」


「じゃあ黒歴史のさらに黒歴史だから、暗黒歴史だね」


「何かちょっとカッコイイ名前になりましたね」


「暗黒をカッコいいと思ってる時点で、まだまだ子供なのよね」


「ふふふふ。僕のコミュニケーション能力は子供以下なので、実質赤ちゃんですよ。ばぶ」


「キモ。一生たまごボーロでも食ってろ」


魂のこもっていない僕のモノマネに、登美子さんは軽く噴き出した。

この人のツボも、まだまだガキレベルではないか。


窓の外を見ると、すっかり日が沈んで日当たりの悪いこの部屋にもオレンジ色の光がおこぼれで差し込んでいた。


カーカーとカラスの鳴く声が、一日の終わりを告げる。そういえば、外であれだけ騒いで自分を主張できるカラスに嫉妬していた時期もあったな。


僕なんて、自分の部屋の狭い空間でさえも上手く鳴くことが出来ないというのに。



「ありがとね」


突然放たれた隣のお姉さんの言葉に、僕はわざとらしく首を傾げる。


「急にどうしたんばぶか?」


「普段ユーモアの欠片もないアンタが、卑屈以外でわざとらしいボケを会話の中に混ぜるのは、大抵相手の気持ちを和ませようとしている時。カフェでの行動が二人の仲を切り裂くような結果になってしまったことを私が気にしてると思ってるんでしょ?」


「・・・深く考えすぎですよ」


「おーい。正解された動揺でばぶが抜けてるぞ。きちんと自分がやり始めたことにはきちんと責任を持たないといけませんなあ」


僕はやっぱりこの人にはかなわないなとばかりに頭を抱えて、アメリカのコメディ俳優のようなポーズを取った。


すると登美子さんはそれには反応せず、おしりをごそごそと動かして、徐々にこちらに近づいてきた。


「ホント、手のかかる弟です」


優しい声で囁くと、彼女は僕にピトリとくっついて、自らの頭を僕の肩に預けてきた。


「は、離れて下さい!!」


全身を硬直させ顔を真っ赤に染めながら訴えたが、「嫌です」と彼女はあっさりと却下した。


きっと登美子さんにとってこのくらいのスキンシップは、挨拶がてらに握手をするような感覚なのだろう。


僕と彼女では、恐らく住む世界は180度違う。

だけど今は不思議なことに、こうして混じわることのない世界がお互いの体温を通じて繋がっている。



その時、薄暗い部屋にいる僕たちを、オレンジの日差しがスポットライトのように照らした。普段は日光が差し込むことなんて無いというのに。

これもまた、登美子さんパワーなのだろうか。


部屋はすっかり彼女の香水の甘い匂いに包まれて、その香りが今はなぜだか心地よい。

右半身に感じる登美子さんの体温が僕の体に定着し始めた頃、彼女は小さく息を吐いて口を開いた。


「健作の暗黒歴史、分かっちゃったかも。当てていい?」


僕の無言を肯定と判断した登美子さんが、嬉々としながら名探偵っぽい言い方をして答えた。


「小学校一年生の時の、匂い付き消しゴム事件でしょ?」


正解。


僕が小さく頷くと、彼女は得意げな顔をして「ふっふっふ」と鼻を鳴らした。

登美子さんが僕の18年の歴史を、どれだけ近くで見てきたかということを改めて実感する。


自分という人間を何もかも知られているというのは末恐ろしい事だ。

しかもあの出来事が、匂い付き消しゴム事件と呼ばれていたことなんて、僕さえも知らなかったぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る