第20話 二等分のケーキ

結局僕は、サクさんに掛ける言葉を見つけることも出来ないまま、アパートのベッドで仰向けになっていた。


何も出来なかった僕に、登美子さんはやれやれといった様子で「とりあえず、健作は帰って大丈夫だよ」と促し、逃げるようにカフェを出て今に至るという訳だ。


今頃はきっと、泣いているサクさんの背中を擦ったりして登美子さんが慰めているのだろう。その光景が頭の中に浮かんできて何ともいたたまれない気持ちになる。


ドラマや映画のシーンで、男が女を泣かせるシーンというのはよくある。

それが恋愛絡みにしろ、男のクズ行動にしろ、はたまた女側が過剰に振舞っているにしろ、まさか同じシチュエーションが自分にも降りかかるとは夢にも思っていなかった。


今までの人生で同じ世代の女性と会話することすらも滅多に無かった僕にとって、そのようなシチュエーションはどこか遠くの国で起こってる紛争のように遠いものであった。


けれど、確かにサクさんはついさっき僕の目の前で泣いていた。

決してそのようなタイプではないはずなのに、人目もはばからず泣き崩れていた。


僕は一体、どこで間違ったのだろうか。

いや、もしかしたら最初から間違っていたのかもしれない。彼女とコンビを組むことになったあの瞬間から。


こうなり得ることも、本当は分かっていたはず。人とまともにコミュニケーションを取ることから逃げ続けた僕が、今更他人と上手くやるなんて、そんなもの夢物語だった。


子どもの頃に正しい箸の持ち方を学んでこなかった人間が、大人になってから苦戦するようにこれまでの人生で培ってきた悪しき習慣や振る舞いは時間が経てば経つほどそれが間違っていると分かっていてもそのクセを直すことは至難の業なのだ。


ほんの少しでも、サクさんとならばうまくやれると思った自分がバカだった。


登美子さんがあのような場面を作らなくても、最終的には同じ結末を迎えていたと思う。


そして、一度二等分されたケーキは、もう二度と元通りになることはない。


「私たち、コンビじゃん」


泣きながら漏らした彼女の言葉が、今でも脳内で反響し続けている。

正直それ以前の彼女の言葉は、あまりよく覚えていない。

それだけ僕も、ノートを見られたことにより動揺していた。


どうして彼女が、泣きながらの掠れ声でもそのことを訴えようとしたのかは分からない。けれど、一つだけはっきりしていることがある。

それは、僕とコンビになってしまったばっかりにサクさんにあんなに苦しい思いをさせたことだ。


僕は彼女を裏切り、ナイフで切りつけるよりもタチの悪い傷を負わせてしまった。


もう二度と、サクさんのあんな表情を見たくない。


もう、終わりにしよう。

次に会ったら、きちんと謝って、そこですべてを0にしてまた僕は今まで歩いてきた道に引き返すんだ。


許してもらえなくたっていい。

僕はきっと、それかでの罪を犯してしまったのだから・・・。

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