第15話 中町登美子・・・ちゃん

中町登美子。それが、OLの名だ。

僕よりも11歳も年上なので、普段は登美子さんと呼んでいるのだが、本人の前でそう呼ぶと必ず「登美子ちゃん」と呼ぶように説得される。

いや、あれは説得とは呼ばないな。調教と表現した方が正しいだろうか。

だから僕の人生の中で唯一「ちゃん付け」で呼んでいる女の子は登美子さんだけということになる。というか、もう女の子と呼べる年齢でもないのかもしれないが、もしそんな疑問を本人の前で口にしてしまったら、きっと調教じゃ済まないだろう。


登美子さんは胸元がはだけて谷間まで見えそうな白のキャミソールに、青のジーンズのショートパンツといういつものことながら目のやり場に困ってしまうほどのセクシーな服装だった。

カメラに向けて、上品な微笑みを浮かべて小さく手を振っている。


冒頭では散々に言ってしまったが、登美子さんはアラサーの独身女性ながら顔は決して悪くないどころかかなり良い方だ。


女性としての色気や振る舞いも、申し分は無く、決して全くモテないから結婚できない訳ではない。

顔も良く、社会人として一定以上の収入もあり、女性らしく振舞う術も身に着けている。


では、なぜそんな優良物件であるにも関わらず29歳になるまで売れ残ってしまっているのか。

それは、表面上では見えない根本的な問題が、また別にあるからなのだ。


僕はカメラの前にいる登美子さんをしばらくじっと見つめると、何事も無かったかのようにスルーし、再び勉強机に着席した。


そしてもう一度小説のプロットを確認しようとした瞬間、今度は連続で呼びだし音が鳴った。


ピピピピピン、ピピピンポーン。ピンポンピンポンピンポーン。


僕はこの瞬間だけ大音量の音楽が鳴っているヘッドホンを装着したような気持ちになってみる。


うん、何も聞こえない。聞こえないけど、何だか近所迷惑になっている気がするのでその攻撃はやめて欲しい。もし隣の人にクレームでも来られたら、僕は恐らく一生この日当たりの悪い城から出られなくなる上に、一日五回隣の部屋の方向に向かって礼拝をしなければいけなくなるではないか。


僕は落ち着かない気分になり、ベッドの上にダイブしてスマホで動画でも見ながら気分を紛らせようとする。


が、真っ先に画面に映ってきたのは、なんと100通ものLINEの通知。


『ねえ』

『分かってるんだからね?』

『居るんでしょ?』

『出てきなさいよ』

『どうして無視するの』

『見てるんでしょ』

『そろそろ怒るよ』

『いい加減にしろ』


などの脅迫文がずらっと並んでいるのを既読を付けずに確認する。

相手を威嚇するにしても、普通こういう時はスタ爆などがセオリーだと思うのだが、素の文章を打って百通を超えているのだから、ホラーにもほどがある。


そしてとどめの着信が来たタイミングで、命の危険を感じ、僕は足音を立てずに玄関の前に移動し、恐る恐る鍵を開けた。


「さて、言い訳を聞こうか」


登美子さんは僅かに開かれたドアをすさまじい力で全開にし、靴を脱ぎ捨ててズケズケとリビングに入り込んでくるなり、ベッドに腰を下ろして足と腕を組んだ。


僕はいとも自然に彼女の前に正座をして、太ももまで露わになった美しい脚線を描く生足を見つめた。


これは決して下心によるものではない。彼女の顔を直視することが、あまりにも恐ろしかったからだ。


「寝てました」


「部屋の電気、ついてたけど?」


「突然の登美子さんに―――」


「登美子ちゃん、でしょ?」


覇気のこもった声。きっと少しでも顔を上げれば鬼の形相で僕を見下ろす登美子さんが目に入るだろう。


「はい。突然の登美子ちゃんにドキドキしてしまって、固まってしまいました」


「嘘つけ。その手のやり口で私を騙せると思うなよ?」


あ、これはマジのトーンだ。これ以上誤魔化そうとするものなら、その瞬間に首を思い切り締め付けられるだろう。


「すみません。少しめんどくさいなと思ったのと、ちょうど登美子ちゃんに対してやましい事をしていたので居留守を使ってしまいました」


「正直でよろしい。次からは絵里子さんに、この部屋の合い鍵を用意してもらうことにするから、いくらでも居留守をしてください。良かったね、こんな美人でえっちなお姉さんがこれからは頻繁に遊びに来てくれるって」


ちなみに絵里子さんというのは、僕の母の名前である。

僕の母と登美子さんの相性は、ご飯と明太子くらいバッチリで、休日にもよく二人で買い物に行く間柄である。


「それ、絶対にやましい事に関する監視ですよね・・・」


登美子さんにこの部屋の合い鍵を渡すなど、平和をこよなく愛する僕にとってはまさに死刑宣告に等しい。


なぜなら登美子さんは、自由奔放な上にとんでもなく破天荒で、付き合った男がもれなく全員白旗を上げるほどの歩く災害であるのだから。

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