第12話 僕はただ頷くだけ②
結局、それから二人でしばらく話し合っても良い名前の案は出ず、また次回再検討しようという結論となった。
「すいません。僕が出だしから変な意見を言ったばっかりに・・・」
「もー。さっき頑張るとか言ってたのにまたそうやって自分の責任にしようとする。二人で考えた末に結論が出なかったんだから、責任を求めるならばそれは私に対してもでしょ?」
「す、すいません」
「だから謝るな!」
まるで子供を叱る親のように僕を窘めた後、サクさんはププッと軽く噴き出した。
「それにしてもケンくんってさ、いっちゃ悪いけど、良い物語は思いつくのにネーミングセンスとか皆無だよね。ホワ恋でもそうだったし」
「あ、ばれました?」
サクさんの指摘に、僕は恥じらいを覚える。
そうだ。僕は物語で出てくる架空の名前を考えるのが大の苦手なのだ。
登場人物や舞台の名前は周りからいくらでも運用できるのでいいのだが、そのほかはそうはいかない。
バトルものの技の名前など、いかにも少年心をくすぶるようなカッコいい二つ名など作者のセンスが問われるようなものはすこぶるダメだ。
それに、その名前を考える暇があったらどんどんストーリーを展開していきたいと思ってしまう性格なので基本数分で考えた何の案も練られていないネーミングで作品に登場させることになるので後から自分の作品を読み返して後悔することもしばしばある。
現代が舞台の恋愛ものである『ホワイトブルーの恋結晶』しか読んでいないサクさんにすらばれているのだから、よほど僕のネーミングセンスの無さは際立っているのだろう。てか、この作品の中にそれがバレるような描写あったか?
「物語の一章で出てくる喫茶店の名前がまんま『茶々』って。読んでてウケを狙ってるのかなとさえ思ったもんね。どこの戦国時代の姫だよほんとに・・・」
どうやらサクさんのツボに入ってしまったらしく、彼女は声を抑えながらも腹を抱えて涙が出るくらいくっくっとしばらくの間忍び笑いを続けた。
え、茶々に関してはかなり自信のあった方なのに。これがダメだったら、高校時代に書いたカタカナ造語が沢山出てくる異世界ファンタジーものとか見せたら大変なことになりそうだ。
しばらくしてようやくサクさんが落ち着き、一旦名前の話は打ち止めになる。
そして三枚目のスライドにもやはり一言で『活動場所』と書かれているのみだった。
「これについては、私なりにもう考えてあるんだ」
サクさんは嬉々として言うと、スマホの画面を見せてくる。
どうやら、素人でも投稿が可能な漫画投稿サイトらしい。
「へえ。漫画を投稿出来るサイトもあったんですね」
ホーム画面に並んでいる作品は、どこかの週刊誌の連載作品と言われても遜色のないほどクオリティの高い画力の作品ばかりだった。
「試しに適当にササっと読んでみる?」
サクさんはホーム画面から作品をタップし、僕の表情を伺いながら作品をスライドしていく。
それはよくある展開のバトルものであったが、画力も高く、素人が描いたにしてはきちんと「漫画」としての形を成していた。
やはり普段から物語を書く身なので、展開の淡白さや内容の荒さはどうしても目に入ったが同じネットで創作に励むものとして一種の感動を覚える。
「一応ここが素人でも投稿できるサイトでは最大手になるんだけど、どう?」
「はい。他の作品のクオリティも高そうですし、凄く良いと思います」
「良かったあ。でもここだけじゃ少し範囲が狭いから、私の主戦場でもあるTwitterでも作品を展開していければなと思ってる。最近では、Twitter発の漫画作品が映画化されたなんて前例もあるくらいだし、何より人口が多い。多くの人の目に入れるには、活動場所は広い方がいいと思うの」
さすがは、リアル垢でもネット垢でもSNSを使いこなしているサクさんだ。大学に入ってようやく小説投稿サイトの存在を知った僕では、太刀打ちできないほどの情報量だ。それに付随して、それを実行に移す行動力もあるのだから彼女の自己プロデュース能力には驚かされるばかりだ。
実際、僕自身も彼女が描いた「プラン」に乗せられている訳だし、その通りにしていればきっと万事が上手くいくだろう。
「さすがサクさん!大賛成です!」
けれど、一つだけ疑問に思うことがあった。
どうしてもそれを聞いておきたいと思った僕は、さらに続ける。
「出版社とかに持ち込みしたり、コンテストに応募だったりはしないんですか?」
そうだ。サクさんくらいの力だったら、いわゆる「王道ルート」でも戦っていけるだろう。僕がそうしなかったのはその辺に興味が無かったし、自信も湧かなかったからで、彼女の場合は僕とは事情が違う。
これまで関わってきた中で、彼女が向上心の塊のような存在であることは分かるし、多くの人に作品を見てもらいたいというのだからてっきり漫画雑誌に連載を持つようなプロになることを真っ先に目指すものだと思っていた。
けれど、サクさんが提示してきたのはあくまで僕はこれまで行ってきたのと遜色のないネット上での活動。
そのことが、僕の中では歯に挟まった海苔のように引っかかっていた。
「それは・・・しないかな」
サクさんにしては珍しく、トーンが急激に落ちた冷ややかな声。眉の下がったその表情は、どこか悲しげにも見えるし、何かを諦めているようにも見えた。
サクさんの望みは、もしかしたら漫画家になることではないのかもしれない。
これ以上追及したら、彼女の心の奥のプライバシーに踏み込むことになると感じた僕はその話題については「そうですか」と軽く受け流して打ち止めした。
しばしの静寂の中で口にするコーヒーは、もうすっかり冷めていた。
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