第11話 僕はただ、頷くだけ

そんなこんなでサクさんの機嫌も無事に治った(?)ところで今日集まったメインテーマである今後の二人の方針について話し合いが行われた。


サクさんは新たに注文したレモンティーをちょくちょく口にしながら、持ってきたノートパソコンを二人が見える向きでテーブルの中央に置き、パワーポイントを開く。


どうやら、わざわざ前もって作ってきてくれたようだった。


けれどもパワポのタイトルである『今後の方針』がフォントも凝っていない黒字の明朝で描かれていることから察するに、どうやらゼミの発表で作るような「魅せる」パワポではなくあくまで話し合いを円滑に進めるためにまとめられたメモ書きのような扱いらしい。


「ではこれから、私たちの今後の方針を決める会議的なやつを始めます」

サクさんはこほんと咳払いをした後、声を張り上げて見事な礼をした。


「あ、一応そういうのやるんですね」


「出だし早々水差すのやめてよ。ちょっと恥ずかしくなったじゃん」


「あっ、すいません」


僕のせいで勢いを完全に失ったサクさんは、頬を紅潮させながら次のスライドを開いた。


「名前」


スライドには、中央ででっかくそう書かれているのみだった。

てっきり文章や画像やグラフなどがついてくるものだと思ったので、視界に映る二文字に僕は少し動揺を隠せず、たまたまタイミングよく飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになる。

これ、パワポである意味あったのか・・。


「名前って、なんの名前ですか?」


「二人のコンビ名に決まってるでしょ?!昔読んだ漫画で、二人組の漫画家がアニメ化を目指す作品があったんだけど、それの名前を決めるシーンに憧れてたのよね~。ネットで作品を展開するにしろ、やっぱりアカウント名を作らなきゃじゃん?だから何よりも先に、これを決めたくて」


これ以上ないほどに目をキラキラさせながら興奮した様子で語るサクさん。

僕はてっきり、高橋サク(彼女の絵描きのアカウント名)の名前で売っていき、東野ケンはあくまで裏方に徹するものだと思ってたので、名前に関しては全く考えてなかった。


「ケンくんは、何か意見ある?」


サクさんに求められ、僕は少し考えてみる。

だが、良さげな名前がなかなか浮かばない。

けれど、何も答えないのもどうかと思ったので単純に二人の名前を組み合わせただけの「東野咲良」を提案してみる。

そんな大した意見出ないのに、ぽい雰囲気を出すために、ここでコーヒーを一口。

考え事をするには、やはりカフェインを摂取せねば。


「あはは。何だかそれ、私がケンくんに嫁に行ったみたいだね」


彼女の指摘に、今度は思い切りコーヒーを噴き出した。


「だ、大丈夫?!」


貴重なカフェインが、テーブルに散らばり、すかさずマスターが布巾を持ってきてくれる。僕はそれを受け取ると、証拠を隠滅するようにすばやく拭き取る。


「あっあっああ!!!いやその、そういうつもりで言った訳ではなくて!!ただ、単純に二人の名前を組み合わせたらどうかな~という安易な考えにより達した結論なだけで!け、決して深い意味はございません!!」


「わ、分かってるよ?ちょっと冗談言ってみただけだからとりあえず顔上げて落ち着こ?なんかごめんね」


はあはあと呼吸を乱しながら肩で息をする僕に、マスターが「サービスです」ともう一杯コーヒーをプレゼントしてくれる。


マスターの優しさと、新たなカフェインで何とか正気を取り戻した僕は気を取り直すために深呼吸をした。



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