第8話 つまらない人間
「ねえ、ちょっと。それは聞き捨てならないんだけど」
本能的に僕がすみませんと謝ろうとしたその瞬間だった。
これまででは見たことのないほど険しい表情を浮かべたサクさんが原くんの目の前に立った。
幸太郎先生は一瞬怯んだような反応を見せたが、すぐに平常を繕った。
「何だよ咲良。俺はただ、事実を告げただけだ」
「ケンくんがつまらない人間だって、ケンくんの作品がつまらないって、どうしてそんなことが分かるの。ケンくんの作品もケンくん自身の事も何も知らないくせに、勝手なこと言わないでよ」
「そんなの一目見ればわかるさ。これでも俺はな、仕事上たくさんの作家を生で見てきた。やっぱり面白い作品を書く人間というのは、一目見ただけで分かる凡人とは違う執念めいた雰囲気がある。そしてそいつからはその雰囲気が全く感じられないどころか、俺にここまで作家としてのプライドを汚されているのにまるで腹を立てている様子もない。それだけで、こいつがいかに面白味のない人間であるか分かる。そんな人間が書くストーリーや登場人物がどの程度のレベルなのかは、作品を読むまでもなく察しがつくんだよ」
さすがにその言葉には若干の悔しさがこみ上げたが、原くんの言っていることは正しいと思った。
僕が考えたストーリーや登場人物、会話や背景描写までその作品の全てが僕自身でもある。それらは全て、僕自身がこれまで培った感性や経験に基づいた脳内で構成され、生み出されたものなので、当たり前のことだ。
つまり作品の面白さは、僕自身の人生の面白さとも比例する。
原くんを一目見れば分かる。彼はきっと、僕なんかの100倍はアクティブで、濃い人生を送ってきている。
その人間力の差は、作品の優劣に決定的なほどの差をもたらしているだろう。
しかし、僕の相方はそんな考えを是としなかった。
「ちょっと才能を認められたのが早かったってだけで、全てを分かっているかのような上から目線はやめてもらえる?少なくとも私は、幸太郎の作品よりケンくんの作品の方が好きだから」
サクさんの言葉に、僕は思わず腰が抜けそうになった。お世辞だとしても、一生分褒められた気がして、もういつ死んでも未練はないとさえ思えた。
対照的に原くんは思いのほかダメージを受けたようで、「う、うっせえよ」と耳を澄まさないと聴こえないくらいのボリュームで呟き、バツが悪そうに彼女から目を逸らし黙り込んでしまった。
「わ、わたしも人を見かけで判断したらいけないと・・・思う」
突如集団の後ろの方から声が聴こえ、視線を向けるとそこには見覚えのある顔があった。彼女は体を縮こませて、友達の背後に隠れている。
金や茶髪が目立つ中、数少ない黒髪であり、その艶やかなロングの髪と上品ながらも可愛い系も入ったその顔立ちが、見事にマッチしており思わず見入ってしまいそうになる。
「あ、足立さん・・」
僕がその人の名前を呟くと、隣に居た綾子さんが意外そうな顔をする。
「ケンくん、よるちゃんと知り合いなの?」
「し、知り合いというか、ただの同窓生というか・・・」
足立よる。小・中・高と同じ学校に通っていたいわば腐れ縁的な存在だ。
とはいっても、言葉を交わしたことは一度もないので、ただ学校が同じだっただけの赤の他人に過ぎない。
そこまでの腐れ縁なんて、なかなか無くロマンチックな設定だというのに相手が僕なんかであったばっかりに彼女には損をさせてしまったと反省する。
しかしまさか、大学まで同じだったとは・・。
足立さん。多分僕のこと、ストーカーだと誤解してるよな。ホント、怖がらせてしまい申し訳ない・・。
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