第4話 となり

僕の通っている大学は、偏差値的にも評判的にも可もなく不可もなくといったところで平凡極まりない。

あえて特徴があるとすれば、田舎ならではの膨大な敷地くらいか。


学生数は全ての学年で5000人を超えるくらいだというのに総敷地面積は約977万平方メートルもあるため、その人口密度の低さから、常に一人でいる僕にとっては大変落ち着く環境になっている。


入学して2か月。一向に友達の出来る雰囲気のない僕は、今日も今日とて大教室の片隅で一人で座っていた。


初めてここに来た時は、高校の時とは比べものにならないほどの面積の大きさや上品な白い壁や席に圧倒されたが、さすがにもう慣れた。


大学一年生のうちは、学部や学科の専門科目よりも共通の基礎科目がほとんどなので受講生徒数も多く、僕が受けている授業の半分以上がこの教室だ。


そしてこの中間位の右端の席が僕の特等席である。


中学や高校と比べて、大学は一人でいてもあまり違和感がないのでとても助かっている。

あまり外面を気にする方ではないが、やはり大勢の集団の中に自分だけポツンと離れて存在していたら、さすがに寂しいし、他の人にも気を遣わせることになる。

その点で大学は、そこら辺を考えなくてもいいので楽だ。



行事や集団授業などで誰かと協力しなくても、一人できちんと授業を受け、単位さえ貰っていれば卒業できる。


このまま、誰にも迷惑を掛けずに卒業を出来ればなと思う。


サクさんの誘いを断って、一週間が経過しようとしているが、後悔は無かった。

むしろこの一週間、何も変わらない日常にホッとしていたところだ。


現在は、次の作品のプロットに追われる日々でそれなりに充実している。



「なあ、あの子。めっちゃ可愛くね?」


そんなことを考えていたら、右斜め前に座るいかにも大学生といった金髪茶髪の二人組の会話が意図せずとも聞こえてきてしまった。


「ああ。俺、あの子知ってるよ。経済の高橋咲良だろ?あの顔面偏差値と圧倒的コミュ力の交友関係の広さからツイッターとインスタのフォロワー数はどちらも1000人越え。うちの大学の1年じゃ、一番の有名人じゃないか?」


高橋咲良。この名前に、思わず反応してしまい二人の方を見る。しかしこちらの視線など気にせずに彼らは続けた。


「かー。俺もお近づきになりたいもんだねえ」


「いくつかサークル入ってるみたいだし、意外といけるんじゃね?」


「でも雰囲気からしてガード固そうだよなあ。今もああして、数人の女子で周りをガチガチに固めて、安易に男を近づかせないようにしてるし。多分あのタイプは、相当なイケメンか、金持ちくらいしか目が無いんだろうなあ」


「理想が高すぎても良くないって話だな」


高橋、咲良・・・・。


どこかで聞いたことがある気がするがなかなか思い出せない。

思い切って彼らが見ていた方向に視線をやると、そこには見知った後ろ姿があり、僕は驚きのあまり席から崩れ落ちた。


カバンやスマホも落ちてそこそこ大きな音が鳴る。


あの二人組を含めた近くに居た人は、全員こちらを向き、僕の姿を確認した上ですぐに視線を逸らす。

クスクスと堪えるような笑い声があちらこちらから僕の耳に届く。


ああ、恥ずかしい。死んでしまいたい・・・。


それよりもどうして、あの人・・・いいや、サクさんがここに・・・。


僕は席に座り、もう一度サクさんの方を見た。

するとあろうことかサクさん本人も僕の方を向いていて、完全に目が合ってしまう。


ぼっち属性の持ち主は、基本知っている人と目が合うと、すぐに顔を逸らす。

それが、異性、あるいは中途半端に関わりのある人であれば、そのスピードは倍になる。


瞬時に僕は教科書を読むふりをして下を向いて、ばれていないのを願いつつドキドキしながら固まる。


すると端の一つ空けておいた席に、誰かが座る気配がした。

フローラルのとてもいい香りがする。


「何となーく予想出来てましたが、やっぱり同じ大学だったんですね」


僕はこの言葉には応じず、下を向いたまま二つ分左の席に移動する。


するとそのフローラルの香りも追随してきて、僕は逃げるようにさらにもう二つ分席を移動する。

左を見ると、二つ分離れた席には既に女子学生の二人組が座っていて、これ以上逃げられそうになかった。


「はい。捕まえた」


隣から、フローラルの香りと共に、聞き覚えのある女性の声がする。

恐る恐る振り向くと、そこには膨れっ面をしたサクさんの顔が間近にあった。


「どうして逃げるんですか」


「逆にどうして、ここに座るんですか」


「え、普通にケンさんの隣がいいから。迷惑?」


「め、迷惑ではないですけど・・。嫌じゃないのかなと思いまして」


「全然。どうしてそう思うんですか?」


「ほら、僕なんかと一緒に居るところ見られたら、誤解されるんじゃないかと思いまして。それに、ほら、僕なんかの汚物の隣に居たら汚れちゃいます」


僕がしどろもどろに言うと、サクさんは声を上げて笑った。

この間カフェで見た時よりもほんの少しだけ親近感の湧く笑顔だった。


「さすがサクさん。想像力豊かですね。良いですよ、別に誤解されたって。私、今好きな人居ませんし。それに、私が今一番話したい男の子はケンさんなんですから。あと、汚れませんし、ケンさんは汚物なんかじゃありません」


「ふぁ?!!!」


いいい、一番話したい男の子?!!

おおお、汚物じゃない?!!!

ごごご、誤解されてもいい?!!

何を言っているんだこの方は!!!


驚きのあまり、間抜けな声を出してしまう。

僕の反応にサクさんはまたもや愉快そうに笑って「本当ですからね」と念を押した。


そして、彼女は深呼吸をして、打って変わって真剣な表情を浮かべた。


「この授業が終わったら、一緒にもう一度あのカフェに行きませんか?」


彼女がそう提案したタイミングで、教授が壇上に現れる。

慌ててノートを広げ、準備を始めた僕に、さらにサクさんはこう耳打ちした。


「私、結構諦めの悪い女なんです」


ふりかかるサクさんの息に、僕の耳は朱に染まった。




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