第3話 コンビ?!
「コ、コンビ?!」
拳を握りしめ、情熱的な瞳で見つめてくるサクさん。
路上ですれ違う人々が、立ち止まったまま見つめ合う奇妙な二人を横目でチラチラと気にしているのを感じる。
「はい。コンビです」
突然何を言い出すのだろうこの人は。
まず何のコンビであるかも定かでは無いし、僕のような人間とコンビを組みたいだなんて正気だろうか。
多分二人で何をするにしても、僕は確実に足を引っ張ることになるし、そもそもの話他人と協力していける自信がない。
今までの学校生活で一番辛かった時間は、絶対にペアを作らなければならなかった時だ。英語の読み合いにしろ、体育のペアにしろ、HRで意見を出し合う時にしろ。
僕なんかとコンビを組まされた人の気持ちを考えたら、恐縮しきってしまい、大抵はそのペアの人を困らせてしまうだけで終わる。
そんな僕が、こんなキラキラしたサクさんとコンビだなんて、無理に決まっている。
「無理です」
「まだ何も説明してないんだけど?!」
「何がなんでもコンビは無理です。せめてサクさんの奴隷とかなら、まだ考慮の余地がありますが・・」
「いやいや、奴隷はさすがに・・・。それに私、どちらかと言えば・・。って、何でもないです!!」
変な方向に逸れていきそうな話の流れを変えるため、サクさんはごほんと軽く咳ばらいをする。
「コンビというのは、その・・・。二人で漫画を描いてみませんかって意味です。私が作画で、ケンさんが原作。私に、ケンさんの作品がより輝くためのお手伝いをさせて欲しいんです!!」
「ぼ、僕が・・・漫画の原作?」
「はい!無理にとは言いませんので、何卒、いいお返事を!」
そう言ってサクさんは土下座でもしそうな勢いで深々と頭を下げてきた。
「あ、あの。ちょっと、待ってください・・」
一ミリも予想していなかった展開に、頭が混乱する。
当然、原作付き漫画の存在は知っている。
これまでの漫画家のイメージは、ストーリーから作画まで一貫して一人で作り上げるのが主流であったが、ここ近年では原作者と漫画家が別々に存在するケースが一般的になりつつある。
実際、僕が投稿しているサイトにも、作家と絵描きさんの出会いの場がいくつかのコミュニティを通して設けられている。
物書きならば誰もが、自分の作品が漫画やドラマになることを憧れるものだろう。
僕とてその例外ではなく、そのような妄想をほぼ毎日のようにしている。
だけど今現実でこのような提案をされると、素直に喜ぶことは出来ず、自己肯定感の低さから来る負の感情が勝ってしまう。
例え大好きな創作絡みとはいえ、他人と協力して何かをすることに対しては気が引ける。さっきだってカフェで散々サクさんを困らせてしまったし、僕と関わっても彼女はきっとロクな想いをしない。
そして気がついたら、僕は「すいません」と彼女に負けないくらい深々と頭を下げていた。
「お気持ちは大変嬉しいんですけど、そのようなつもりで書いていた訳ではないので・・・」
「いや、でも、あんなに素晴らしい作品をこのまま埋もれさすのは・・・。やっぱり、作品を広まらせる上で一つのコンテンツとして、作画があった方が良いと思うんです。普段活字の文章はあんまり読まないけど漫画ならば読むといった人は多いと思いますし・・・」
「僕の作品をサクさんが大切に想って下さっていることは充分に伝わっています。きっと多くの人に知って欲しいという純粋な気持ちで、そのような提案をしてくれていることも。だけど・・・」
頬を朱に染めて興奮した様子のサクさんに、僕は自然に微笑みかけた。
「もう、充分なんです」
僕がそう言うと、サクさんは小首を傾げた。
「充分?」
「はい。僕、こんな性格だからずっと自分の殻に閉じこもって、現実逃避するように創作を始めたんです。つまり、僕にとって創作は誰かのためにされるものでは無くて、あくまで自分のためなんです。小説投稿サイトに作品を投稿したのは、単なる好奇心ってだけで、有名になってやろうとか、誰かの人生に影響を与えようとか、そんあ大層な志があるわけじゃないんです。だから、サクさんが僕の作品を読んでくれて、こんなに好きになってくれて本当に嬉しかったんです。それはもう、夢のような日々でした。自己満足で広げた自分の世界を、誰かが熱心に見てくれた。無価値だと思ってた僕なんかの人生で、たった一人でも感動させることが出来た。人数とかではなくて、その事実だけで僕はもう満足なんです」
恐らく、僕はこの先も創作活動を続けていくだろう。しかし、仮に以降の作品が誰にも読まれなかったとしても僕はこの三か月サクさんが送ってくれたハートマークと感想だけで、死ぬ間際に「物語を紡いで良かった」と思えるだろう。
それは、何も無かった僕の人生において、どんな金銀財宝にも勝る宝物だ。
これ以上高望みをしてしまったら、きっとバチが当たってしまう。
「サクさん」
無言で僕の話を真剣に聞いてくれていた彼女に、僕はもう一度深々と頭を下げた。
「僕の人生の宝物になってくれて、本当にありがとうございました」
サクさんなら、きっと僕なんかよりも数百倍は素敵な作家さんと出会えますよ。
最後に彼女にギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームでそう呟き、背を向けて、僕は本来あるべき現実へと歩を進めた。
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