第2話 提案

「うわっ。ホントにケンさんだ。なんか不思議―」


正面に座った僕を、サクさんがテーブルから身を乗り出してじっくりと見つめてくる。人から注目を浴びることすら苦手なのに、それも相手はこんな美人の異性ときたら、すぐにこの場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。


「あんまり見つめられると・・・困ります」


何とか勇気を出して小声で呟くと、サクさんは「あ、ごめんなさい」と意外とあっさり引いてくれた。


「あはは。ごめんなさい。こうして顔を合わせられたのが嬉しくて、ついはしゃぎ過ぎちゃいました・・」


心底申し訳なさそうに表情を沈ませるサクさんを見て、見た目はまるで別世界の人間でもやっぱり中身はサクさんだと思い、少しだけ安心する。


積極的ではあるが、決して礼儀を疎んじることはない、気遣い上手な女性。

僕が今までのやり取りの中でサクさんに抱いた印象はこんなところだ。


それにしても、夢みたいだな。

僕なんかが、こんなに可愛い女の子と洒落たカフェで二人で会っているなんて。


注文したコーヒーを口に含むが、緊張からか、味がよく分からない。

マスターの風貌と店内の雰囲気からして、絶対に美味しいコーヒーであるはずなのに、何だか惜しいことをしているように感じられる。


サクさんも気を取り直すように砂糖を少し入れたコーヒーを一口飲むと、姿勢を正して僕に向き直った。


「コーヒーはよく飲むんですか?」


僕の顔色を伺うように、当たり障りのない質問をされた。


「まあ、たまに・・」


「そうですか。私もあんまり飲まないんですけど、ここでは必ずコーヒーを頼むようにしてるんです」


「あ、そうなんですか」


「ええ。こういった空気感なので少し大人ぶりたくて。へへへ」


「・・・・」


「・・・・」


ダメだ。全然会話を上手く繋げられる気がしない。


サクさんには、前もって自分が重度のコミュニケーション障害を患っていることは説明してあるが、正面に座る彼女の困惑ぶりからしてまさかここまでとは思っていなかったであろうことが伺えた。


「普段、カフェとかは?」


「あんまり行かないです」


「放課後、友達とかといっしょに行ったりなんかは?」


「僕、今まで友達居たことないので・・・」


「あ、ごめんなさい!ごめんなさい!私、余計なことを」


「どうしてサクさんが謝るんですか。悪いのは、僕ですから」


「で、でも・・・・」


「・・・・」


メッセージでは上手くコミュニケーションを取れていたのに、対面だとなかなかうまくいかない。その後も何度か会話が弾むようにサクさんが頑張ってくれたが、僕の社会不適応のこの性格のせいで上手く流れが続かなかった。


僕としても何とかしたいと思っているのだが、如何せん人と会話する経験が圧倒的に不足しているのでどうしようも出来ない。


二人の間に、お通夜のような空気が流れる。

沈黙の重さに耐えきれず、いつものように自分の脳内へ逃げ出してしまいそうだ。


ああ、サクさんもかなり重い表情を浮かべている。

居心地悪そうに、体を縮こませながら視線をあちこち行き来させている。

その様子を見ていると、こちらまで不憫に思えてくる。

やはり、こうして会うことは間違っていたか。


「す、すいません。少し大学の急用を思い出しましたので今から行ってきます。今日はお会いできてうれしかったです」


彼女に気を遣わせるのも気が引けたので、僕はありもしない用事を作り、席を立つ。


「え、あ、そ、そうなんですか?!そ、それは大変ですね・・」


サクさんは突然立ち上がった僕に目を丸くしてびっくりしていたが、内心ではホッとしているに違いない。

もう、彼女とはこれっきり。

やっぱり住む世界が違った僕らが、出会うことはもう二度とないだろう。


僕は財布から二人分の代金を取り出し、彼女に差し出す。


「う、受け取れません!!誘ったのはこっちですし、ここは私が」


拒む彼女に無言で半ば無理やり札を押し付けると、僕は足早に店を出た。


外の空気は先ほどよりもどんよりとしていて、肌寒い。

6月の梅雨の湿気が、僕の気分さえも湿らせた。


ああ。自分のあまりの未熟さに、腹が立つ。

せっかく自分の作品を読んで絶賛してくれた人物にさえ、こんな仕打ちしか出来ないのか。

もっと伝えたいことが山ほどあったのに、いざ本人を目の前にすると舞い上がって思考がフリーズしてしまう。

一時間だけでいいから、人並のコミュニケーション能力が欲しかった。

もう少し、ちゃんとサクさんと話してみたかった。


・・・・。


僕は薄暗い商店街の路地で立ち止まり、回れ右する。


そして遠くに見える先ほどまで居たカフェを、じっと眺めた。


「いいや、やっぱり無理だ」


僕が煩悩を取り払うように首を大きく振り、再び前を向こうとしたその瞬間だった。


サクさんが慌てた様子で店から出てきて、僕の姿を見つけるなり全力で駆け寄ってきた。


「あ、あの!!」


サクさんは息を切らしながら、正面に立つ。

予想外の展開に、僕は口を開くことも出来ずにただただ次の彼女の言葉を待った。


「実は今日、どうしてもケンさんに話したいことがあったんです」


膝に手を置きながら、彼女は途切れ途切れに言う。


「話したいこと?」


「はい・・。だけどなかなか勇気が出ずに、せっかくケンさんが目の前にいるのにそれを言おうか言うまいかを考えるあまり、私、上の空で。そんな失礼な態度取っちゃって、完全に愛想尽かされちゃったと思うんですけど、やっぱりどうしても聞いてもらいたくて・・・」


サクさんは相当混乱しているのか、声を震わせながら噛み噛みで言葉を繋げる。


そして深く深呼吸をしたのち、背筋をまっすぐにし、僕の目をしっかりと見つめて、勢いよく口を開いた。


「私と、コンビを組んでくれませんか?!」



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