僕が創り、君が彩るストーリー

岡ふたば

1章 結成

第1話 孤独な僕は、いつだって物語の中にいる

小さい頃から、内気で引きこもりがちな性格だった。


母親が専業主婦だったため、保育園や幼稚園には行かず、子供の社会性を育むのに大事な期間である生まれてから小学校に上がるまでの6年間をほとんど家の中で過ごした僕は、それはもう絶望的なまでのコミュニケーション能力のまま社会という大海に放り込まれた。


泳ぎ方を知らない魚が海で生きていけるはずもなく、抗う術も持たずにどんどんと深く海底へと沈んでいき、最終的には貝のように自分の殻に閉じこもった。


決して他者とは交わろうとせず、ひたすら教室の空気であることに徹する。

好かれることもないし、嫌われることもない。居ても居なくても何も変わらない。いや、むしろ居ないことすら気づかれなかったかもしれない。

そんな学校生活を、小・中・高と12年間送った。


そんな青春とはかけ離れた人生だったけれど、寂しくなんて無かった・・・と言ったらさすがに嘘になるが、少なくとも孤独感のあまり精神的に病んでしまうなんてことは無かった。


なぜなら僕は、貝だから。


自分の殻に閉じこもることに関してだけは、この世界中の誰にも負けない自信があった。閉じこもることしか出来ないから、ならばそこで友達や美しい景色に代わるものを見つければいい。


そうして僕が見つけたのが、「物語を作ること」だった。


自分の脳内だけで、登場人物や舞台を設定し、ストーリーを織り成す。

0から1を作り、1の先は自分が考えた通りに展開していく。


誰にも迷惑を掛けることなく、一人で楽しめる最大の遊び。

僕の友達は、いつだって僕の中に居た。


授業中も休み時間も物語のことばかり考えていたし、家に居てもほとんどの時間はノートにひたすら無限に広がる物語の文章を、白いノートに書き綴っていた。

次第にただ物語を書くだけでは飽き足りなくなっていき、様々な有名な作品を読んだり、観たり、時には聴いたりして、自分の作品に生かせるように勉強したりもした。


そうやって徐々に創作の世界に夢中になるにつれ、大勢でなくてもいいから自分の作品を読んでもらいたいという欲が湧いてきて、大学受験が終わったのを機に小説投稿サイトに公開を始めた。


そしたら作品がバズって商業デビュー・・・なんてことはなく、一作目の連載を終えたこの3か月の期間で、一応毎日投稿していたのにも関わらず、しおりの数は僅かに1。ユーザー名もまともに設定されていない読み専の方。読者数やPV数から見ても、どうやらその人しか読んでいないようだった。


それでも、僕は自分の作品が誰かに読んでもらえることが嬉しくて仕方が無かった。

今まで0だったものが、1になる喜びを始めて味わったからだ。

その人は、僕が作品を更新したその日か次の日には無料で押せるハートマークを送ってくれて、その通知を見るたびににやけた。


その何気ないこの世のどこかにいるその人との毎日のやり取りが、今まで独りぼっちだった僕にとっては新鮮そのもので、周りの風景も輝いて見えた。


そして、最後の頁を公開し、完結のボタンを押したとき、僕はとてつもない寂しさを感じた。

一応これからも作品を上げていくつもりではあったが、次の作品もその人が読んでくれる確証はない。もしかしたら、これでその読み専の方とのやり取りは最後になるかもしれない。


そんな複雑な心境を抱えること2時間、遂に最終頁にもハートマークがついてしまった。最期まで読んでくれたことに関する感謝の気持ちともうこれっきりかもしれないという寂しさが同時に湧いてきて、僕はため息をついた。


「せめて一往復でもいいから、メッセージのやり取りをしたかったな」


柄にもなく、高望みを呟いてしまった瞬間、もう一度通知音が鳴った。


するとそこには、レビューのところに最大評価である3つの☆と『今まで私が出会ってきた作品の中で一番感動しました。この作品を生み出してくれた作者様には本当に感謝しかございません。ありがとうございました』とのコメントが書かれていた。


一人暮らしをしている部屋のベッドの上にいた僕は、全身から汗が噴き出るくらいに熱くなるのを感じた。


人からお礼を言われたことなんて初めてだったし、何より最初は自己満足で始めたこの小説にここまでの感想が寄せられるなんて思ってもいなかった。


僕は瞬時にそのレビューへの返信欄をタップし、感謝の気持ちと連載中の心情を赤裸々に綴った。


送信ボタンを押し、そわそわしながら待っていると、次に送られてきたのは何やら違うアプリのリンクのようなアルファベットの羅列だった。

『もしよろしければ、こっちで話しませんか?』とのメッセージが添えられていた。


送られてきたリンクのアプリは、見たところ、青い背景と白い鳥のイラストが特徴的な超有名アプリであるようだった。

そんな有名アプリにも関わらずインストールすらしていなかった僕は、慌ててアカウントを作り、コピペしたリンクを貼りつけてて検索すると、ヒットしたのはフォロワーが1000人近くいる僕から見れば雲の上の存在であるユーザーだった。


どうやら自分の書いたイラストをメインに投稿しているようでプロフィールのところに『趣味で絵を描く人』と書かれていた。


投稿を遡ってみるとイラストを見ると、アニメ調の可愛い女の子から美しい風景画まで幅広く並んでいた。


僕はその絵を、一目見ただけで好きになった。躍動感があって、何となくキラキラしていて、見ているだけで元気になれるようなそんな不思議な魅力がある。


その『サク』という名のユーザーをフォローし、向こうからの連絡が来るまでイラストを眺める。


こんな素敵な絵を描く人が、僕なんかの作品を毎日読んでくれていたんだ。

嬉しさのあまり、僕はサクさんが毎日送ってくれたように目につくイラストの投稿すべてに「いいね」を押す。実際そう思ったし、こんなに良いものを見ているのに何も反応しないというのも何だか気が引けた。


いいねを送りながら再び投稿をスワイプしていると画面下の一番右の項目のメールマークのところに青字で「1」と表示され、僕は見るのを中断してそこをタップする。


すると早速サクさんからメッセージが届いていた。


そこには長文で、作品に対する感想がより具体的なところまで書かれており、きちんと読んでくれてたことが伝わってきて、とても嬉しかった。


僕もすぐに、イラストに対しての感想を送る。


するとサクさんも喜んでくれてメッセージのやり取りは大いに盛り上がり、気がついたら付き合いたての高校生のように3時間近くも話していた。


その3時間の間に、お互いのプライベートのことまで話すようになり、そこでサクさんが僕と同じ都道府県の大学の1年生という衝撃の事実まで発覚した。


『これはもはや、運命ですね笑』


運命。そんな言葉が、まさか自分に向けられる日が来るんなんて、思わなかった。


嬉しいけど、ちょっとこそばゆいような、そんな感覚。

性別も名前も顔も分からないけれど、サクさんはもしかしたら、近くにいるかもしれない。

その事実が、僕の胸の中を期待と不安でいっぱいにさせる。


『この際、一度直接会ってみます?笑』


そして、このテンションならば何となく予想がついていた流れを作る一文が、サクさんの方から送られてきた。


メッセージをやり取りしていて、サクさんとは話が合うのはもう分かっている。それに、自分の作品を三か月間毎日読んでくれたような人だ。悪い人であるはずがない。

だけど、いくらサクさんとはいえ、僕のような人間が目の前に現れたらさすがに失望するのではないか。


この18年間、自分の殻に閉じこもり、まともに人と接してこなかった僕なんかと会ったところでサクさんの夢を壊すだけだ。


・・・だけど。


僕は5分間、迷いに迷った挙句、その提案を受け入れていた。

例え失望させることになったとしても、自分の作品を良いと言ってくれた人と一度会ってみたいという好奇心の方が負の感情よりも大きかったのである。


『嬉しい!!ありがとうございます!!もし断られたら、恥ずかしさのあまり死んじゃうところでした笑』


そこから、具体的な日にちと場所が決められていき、ついに当日を迎えた。


このようにネットで出会った人と直接会うことをリア凸と呼ぶらしい。

ちなみにサクさんもリア凸するのは初めてらしく、「もし失望させちゃったらごめんなさい」と必要もない保険をかけてきた。


僕が失望することなんて、ありもしないのに・・・。


自宅の最寄り駅から20分掛かる指定された駅を降り、ドキドキしながら待ち合わせ場所のカフェへ向かい、先に待っていると連絡が来ていたので早速店内に入る。


そのカフェはこじんまりとしていながらも知る人ぞ知る穴場のような店らしく、オシャレな雑貨と古風なテーブルが特徴的な僕的には好みの落ち着いた雰囲気だった。


三つある四人席のうち、お客さんは一番壁際の席でスマホを弄っている人だけらしい。


後ろ姿しか見えていないが、その髪の長さと恰好から女性であることが分かる。


どうやら彼女が、サクさんのようだった。


いかにもといったこじゃれた服装をしたダンディな白髪交じりのマスターがこちらに気づき「いらっしゃいませ」と声を掛けた瞬間、その女性もこちらを振り返る。


僕は彼女の素顔を見た瞬間、思考がフリーズした。


大きい瞳と綺麗な茶髪のストレートヘアが印象的なモデルのように整った顔立ち。

その華奢な体の服装は、ブラウンのタンクトップに白のキャミワンピースを合わせている。


僕の人生で、恐らく一回も関わるないだろうと思っていたようなタイプの女性が、今、僕に笑顔を向けて手まで振っている。


「ケンさんですよね?私、サクです!」


親以外に自分の名前を呼ばれたことなど一体いつぶりだったろうか。

心臓がバクバクする。こんな気持ちは、18年間生きてきて初めてだった。


こうして僕、東野健作は、高橋咲良と運命的な出会いを果たした。


この出会いが、やがてお互いにどのような影響を与えていくのか。


それはまだ、誰も知らない僕と彼女だけの物語だ。




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