冒険者ギルドの受付嬢推しをする彼はその娘に嫌われてました

マクスウェルの仔猫

第1話 エドとギルドの受付嬢

「エド、またよろしくな」

「はい!また機会があれば是非誘って下さい!」


 エドは、臨時で依頼に誘ってくれたBランクパーティー『暁の戦線』のリーダー、ケルンに頭を下げる。


 Bランク『暁の戦線』はAランク昇格も間近であろうと言われる、ギルドの注目株パーティーである。


 今回は大商会からの指名で、物資輸送の護衛が任務であり、指名された『暁の戦線』と希望者を含め総勢20人の編成であった。


 大きな依頼の為報酬が良く、『暁の戦線』へと参加希望者が殺到したが、エドが昔、薬草の採取で向かった森で偶然出会った時の事を『暁の戦線』のメンバーが覚えていた為エドは採用されたのだった。


(運が良かったなあ。もう少し頑張って母さんへの仕送りを多めに…あっ!)

 

 『暁の戦線』が向かった受付に、エドのお気に入りの受付嬢がいた。

 ニコニコと笑って、並ぶ冒険者達の応対をしている。


 名前は、レナ。

 Bランク以上専門のカウンターにいる受付嬢である。


 名前と、エドより一つ上の21才という事をエドはレナを初めて見かけた時から数週間かけてやっと知った。


 しかし、奥手なエドはそこで満足する。

 あんなに可愛い人が自分に釣り合うはずがない。

 そう思ってしまったエドは、レナを時折見れるだけで幸せだった。


(レナさん、今日も可愛いなあ。見てるだけで元気が出るなんて、スゴイよね…ああ!薬草の納品しなきゃ!)


 エドは大慌てで、後ろ髪引かれる思いでギルドを出た。


 ●


「ね、ね。いつもの人、またレナのこと見てたよ?すっごいキラキラした目で」


 人の波が途切れ、話しかけてきた同僚にレナは顔をしかめ、小声で文句を言う。


「はぁ…何度も言ってるでしょ?稼ぎがないヤツ相手にしないって。男は顔じゃないから。そもそもいつも見られて気持ち悪いのよ」

「うっわ!まぁ、究極の選択だね。私も玉の輿にのりたい派だから少しはわかるかも…おーい、レナ?」


 レナは、同僚に答えずに考え続ける。


(ここで働いてるのも上級の裕福な冒険者や依頼に来た貴族、大商会の人間に目をつけて、将来いい暮らしをする為。周りに変な勘違いをされるのは絶対イヤ…そうだ。この前入ってきた要注意エリアの情報を使って…)


 ●


「良かった!間に合った!」


 エドは顔見知りの薬屋に駆け込んだ。


「おお、エド坊。どうした?そんなに慌てて」


 薬師の老婆がやんわりと微笑む。


「ギルドの依頼中に、頼まれてた薬草を見つけたんです」


 エドはそう言って薬草を鞄から取り出す。

 そこには老婆から頼まれていた物とは別の薬草が多数混じっていた。


「ぬっ?これは次に頼むと言っとった血止めの素材か?ありがたいのじゃが…まだ報酬の用意はできんのじゃ」

「いえ!間違えて取ってきてしまったんです。処分に困ってて…もし使えない素材なら処分してもらえますか?」


 エドは困った顔で老婆に持ちかけた。

 こういう時のエドは確信犯であるのを老婆は知っている。

 そして自分が勝手にした事だから、と何も受け取らない事も。


「はあ…お主は。では、ありがたく頂戴するとしよう」


 老婆は懐の巾着から報酬の銀貨1枚を取り出して、エドに渡した。

 切り詰めれば1日の食が賄える金額だ。

 エドはニッコリ笑って受け取った。


「何か、毎回してやられた感があるのう…そうじゃ!エド坊。お主は今、恋人とかおるのか?」


 予想外の質問にエドは驚く。


「いえ、いませんけど…何故ですか?」

「いやな?実はそこに」

「しっ!失礼する!!」


 老婆の話の途中で、薬棚を吟味していた女性が一目散で店を出ていった。


「びっくりした!…物取り?!」


 すぐに後を追おうとしたエドを、老婆が止める。


「心配せんでもいい。まあ縁があれば、次もあるという話じゃ」

「はあ…」


 エドは曖昧に頷いた。


 ●


 一週間後、ギルドで引き受けた依頼の為に、エドは街から徒歩で二日ほど離れた森に来ていた。変わった依頼で、約30種類の薬草をひとつずつ採取してほしい、という内容だった。


 良い依頼がある、と持ちかけてきたのはとあるC級パーティーの人間だった。

 内容的には、採取系の依頼を多くこなしてきたエドにはうってつけである。

 出現魔物ランクはE以下。


 自分達で受けない理由をエドが聞くと、誤って望まぬ依頼書を取ってしまったので、この依頼を受けてくれないか、とエドに話したのだ。


 ギルドのボードにある依頼書は一度取ってしまうと依頼を受けるかギルドにペナルティを払って貼り直しとなる。

 独占禁止の為だ。

 エドは困っている相手と依頼内容を見て、引き受けた。


 採取は幸運にも半日で三分の二程進み、ひと息ついて身体をほぐすエドは不穏な気配に気付いた。


 戦闘力の低いエドは、普段から周囲の異変感知を優先に鍛えている。


(動物の声と、鳥の羽ばたく音…走ってくる、重く早い足音。追われているか、興奮している?)


 エドは荷物をまとめ、物陰に隠れつつ後方に下がっていく。

 そして前方に姿を現したモノは…。


(グレートボア!Cランクの魔物が何でここに!)


 成体で2メートルを超える、凶暴な猪の魔物。

 縄張り意識が強く、何よりこの森で出るはずの無い魔物だった。


 エドは、死角になるような木を探し、慎重に細かく下がっていく。

 だが、敵を探して走り回る獣相手にいつまでも幸運は続かなかった。


 とうとう目指す敵を見つけたグレートボアは、咆哮を上げて突っ込んできた。

 エドは横に飛んだ。


 ドガァン!!


 隠れていた木がグレートボアの体当たりで真っ二つに折れる。

 エドはまた木に隠れ、圧し折られる前に必死に避ける。

 それを幾度となく繰り返し、エドの息が切れ始めたその時。


 高らかに鳴る蹄の音とともに白馬に跨る戦士が現れ、馬から降り立った。

 

「間に合った!グラビティプリズン重力牢獄!岩…切!」


 青く輝く武器と防具を纏った戦士がグレートボアを魔法で抑え込み、真っ二つにした。


「エド君!大丈夫か!ケガはないか!エド君!」

「す、スゴい…あっ」


 ヘナヘナと座り込むエドに駆け寄って来たのは、銀色の髪の女性戦士だった。

 エドはこの女性を何処かで見かけた事がある様に感じた。

 が、今は流石に何も考えられなかった。


「ここは危ない、説明は後だ」


 そう言った女性は、乗ってきた馬に跨り、エドに手を伸ばした。


「ど、どうぞ…」

「は、はい…ありがとうございます」


 エドは、命を助けてもらった安堵感に気が遠くなりながら、


「もっとしっかり掴まるんだ!」

「私を信じて、身体を預けてくれ!」


 という指示に何とか従いつつ、街に向かったのだった。


 ●


 エドが街に戻ってから、三日後。


 Aランクパーティー『銀麗の翼』テスタレーゼに連れられて向かった先は、ギルド長の部屋だった。


 そして、レナの企みとギルド違反、とあるCランクパーティーの結託について、エドはギルド長直々に謝罪を受けた。


 あの森は、最近高ランクの魔物が出始めた、要調査エリアだったらしい。


 レナとCランクパーティーは、王都のギルド本部で聴取を受ける為に既に出発していると聞き、エドはレナの処罰の軽減を必死に嘆願した。

 自分が逆の立場であれば、同じ気持ちになるかもしれない、と。


 ギルド長は呆れたが、心優しい青年を傷つけない為に、レナがこの街に戻る事は無いと前置きした上で「必ず伝えよう」と最後には請け負った。


 寂しそうに、しかし笑顔で礼を言うエドは同じ様に寂しげに見つめられている事にも気付かず、ギルド長との話を終えたのだった。


 ギルド長の部屋から並んで降り、エドは改めてテスタレーゼに礼を言う。


「助けて頂いて本当にありがとうございました」

「それは、君が生きる為に頑張った結果だ。それに礼は何度も聞いた。気に病む必要はない」


 実は、テスタレーゼがあの場に駆けつけられたのは、『銀麗の翼』がギルド長から調査依頼を受けた危険区域の新規依頼書が受理されて貼り出されていたからだ。


 該当エリアは調査開始から立入禁止となり、その情報はギルド内にて箝口令が敷かれて共有される。


 その事を知っていたテスタレーゼは承認印を押したレナを問い詰め、企みが発覚したのだ。


「レナさんにも、悪い事をしました」


 エドがまた俯くのを見て、テスタレーゼはその背中を強く叩いた。


「かはっ?!」

「まぁ!アレだろう!眺めるという事が今回のあらぬ誤解の種だっただけだ!それに君のした事は、そっと見守る思いは…誰もが経験するものだろう?」


 優しい、それでいて力強い瞳でエドを見つめるテスタレーゼにエドは少しだけ心が軽くなった。


 そこでエドはふと、思い出した事を質問した。


「テスタレーゼさん。もしかしてお婆さんが店主の薬屋とかご存知ですか?何故あの時森で、僕の名前を…」

「う」

「…?」


 口ごもったテスタレーゼをエドが不思議に思っていると、ギルドに何人かが騒がしく駆け込んできた。


「あー!テスタいた!この前の森といい今日といい…おやぁ?おやおやぁ〜?テスタに、ね・ん・が・んの春が!銀麗の翼のカナンだよ!よろしくね!」


「おお。君が、財布を忘れた見知らぬ人の会計を立て替えて名も告げず去っていった、テスタのお・も・い・び・と、エド君かな?同じく、銀麗のジルだ」


「お初にお目にかかります、銀麗の翼のリリアと申します。貴方がテスタが一年前からずーっと、お・ね・つの、困っている人を放って置けないエド君ね?うふふ」


「お前がアレか!訓練と称して毎日子供達を何人も肩や腕に乗せて、その優しさで街とテスタにベ・タ・ボ・レされてるエドか!銀麗のジェイドだ!よろしくな!」


「き…貴様らぁ!!何だその要らぬ説明は!確信犯だな?!図ったな!!」

「え?え?」


 銀麗の翼メンバーの怒涛の挨拶と絶叫するテスタレーゼにエドはついていけない。


「ふ、ふふ。実は、先日蘇生魔法を入手してな?…貴様ら、覚悟を決めろ」

「「「「やーい!奥手娘〜!…散!!!!」」」」


 剣に手をかけたテスタレーゼを見て銀麗の翼のメンバーは阿吽の呼吸で消える。


 猛然と走りゆくテスタレーゼの背中を呆然と見つめるエドだった。











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