第4話 青のりおかけしてもよろしいですか?

 どこまでも続く青い空、水平線が広がる青い海、砂浜には水着ではしゃぐ大勢の海水浴客がいる。


「たこ焼きいかがっすかー!」


 夏休み、私は海の家でたこ焼きを販売するバイトをしていた。他にもコンビニとか色々バイトしてるけど、海の家は夏休み限定である。

 たこ焼き焼いて売り歩いて、そしてまたたこ焼きを焼く。その繰り返しである。

 屋外の仕事、冷房のない環境なのでとても暑い。しかもたこ焼きを売り歩いていると日差しが容赦なく降り注いでくるので、日傘を差して完全防備の上で販売している。


「あのー私達3人できててぇ、よかったら一緒に遊びませーん?」

「えっマジで? どうする?」


 バイトだからこの暑い中海でたこ焼き売ってるけどさ、こんな暑いのに海にも入らずに砂浜できゃっきゃしている人の気がしれないよ。暑くないのだろうか。

 逆ナンされた男性陣は私と同じ高校生くらいだろうか。鼻を伸ばして水着姿の女の子たちを見下ろしている。お盛んなことで。


「たーこやきぃー、出来たてー新鮮なたこ焼きだよー」


 青春とは無縁な夏休みを送っている私には関係ない。

 私には青春よりも銭が必要なのである。


「たこ焼きひとつちょうだい」

「はい、450円でーす」


 お客さんが寄ってきたのでお金と商品の受け渡しをする。たこ焼きぃ、もっと売れろ。早く海の家に戻りたい。日陰だし、冷風の出る扇風機があるからまだそっちのほうがマシなんだ。鉄板は熱いけど。

 ジャケットに扇風機が取り付けられているが、日本の夏はそれだけじゃどうにもならない。暑いもんは暑い。


「俺パス。お前らだけで遊んでこいよ。俺いなければ3対3で丁度いいだろ」


 女の子からのお誘いに興味なさそうなのは、その中央にいた男子ひとりだった。逆ナン女子の誰にも惹かれた様子もなさそうで素っ気無い。


「えぇっ!? そんなぁ!」

「一緒にお話しようよぉ!」


 暑いのに、2人の女子が一人の男子の腕に抱きついていた。いつになく薄着な彼女らは強気だった。わざと身体を押し付けて誘惑しているじゃないか。

 あれって男がやったらセクハラになるのに女がやったらセーフになるのどうなんだろう。


「断る。俺は女子と遊ぶために来たんじゃねーから。暑いから海に入ってくる、離せよ、暑苦しい」


 辛辣である。

 なんか聞き覚えのある声だなぁと思って逆ナンされている男子の顔を確認すると、相手と目が合った。


「あ」

「…森宮、美玖…」


 何ということでしょう。

 まさか悠木君と海で遭遇するとは。君、エンカウント率高くないか。

 女の名前に反応したのか、逆ナン女子の視線がこっちを向いた。私は嫌な予感を感じ取ったので、さっと視線を反らすと、踵を返した。


「たーこやっきーたこ焼きいかがっすかー!」

「おいお前、何もなかったかのように無視すんな!」


 私の避け方がわざとらしく見えたのか、大股でこちらに駆け寄ってきた悠木君が私の肩を鷲掴んできた。

 なんやねんな、あんたが逆ナンされてるのを邪魔しないようにしてあげただけでしょうが。あそこで平然とした顔で「久しぶりー元気?」なんて言ったらあそこの逆ナン女子の視線に殺されちゃうよ。

 私はまだ生きていたいのだ。


「私はバイト中なんだぞ! バイトの邪魔するな!」


 邪魔をするつもりならたこ焼きを全部買え!

 私が噛み付く勢いで怒鳴ると、悠木君は目を丸くして固まり、「いいよ、いくら? スマホ決済できる?」とのたまった。

 えっ、本気? 本気で買ってくれるの?


 携帯用の決済機械がシャリーンと音を立ててお会計をお知らせしている。手持ちのたこ焼きが3つ売れた瞬間であった。彼は購入したそれをお友達に1つずつ配っていた。マジで買ってくれたよ…


「ありがとうございました。じゃ」


 売れたからには新しいたこ焼き作らなくては。

 私が踵を返してその場から離れると、何故か悠木君は隣をついて歩いてきた。


「お前、ここでも働いてるのか」

「そうだけど?」


 私は彼に用はないのに、彼は私に用があるようだ。あ、自分の分のたこ焼きを必要としているのか? 出来上がるのに少々お時間いただくけど。


「もしかして彼女!?」


 目当ては悠木君だったのであろう、逆ナン女子の一人が騒ぎ立てた。


「はぁぁ!? こんな油くさそうな色気ない女がぁ!?」


 失礼な。バイト中なんだから仕方ないだろう。たこ焼き焼いてるんだぞ。

 あーあ、ほらね、いらぬ誤解が生まれてしまったぞ。どうするんだね悠木君。


「うるせーな。だったらどうなんだよ、お前らにはカンケーないだろ。ダチでもなんでもないくせに、人のダチ貶してんじゃねーよ」


 はて、私達っていつ友達になったのだろうか?

 悠木君の睨みに怯んだ女子たちがぎくりと身をこわばらせて一歩後ずさった。

 はっきり物言うのは知っていたけど、悠木君ってしつこい女の子には辛辣だよね。やっぱり彼女がいるから白黒はっきりつけたいのかな。

 私は悠木君をその場に残してそそくさとお店に戻ると、仕事道具を一旦店の奥に戻して扇風機付ジャケットを脱いだ。涼しい。日陰があるとだいぶ違うな。


「たこ焼き売りのお姉さん、スマホ持ってる?」

「えっ…?」


 うちわで風を送って身体を冷やしていると、すごいイケイケな大学生風のお兄さんたちに声を掛けられた。すわナンパかと思ったら違った。

 スマホは鞄の中にある、と答えると、彼らは何故か私を騎馬戦のように担ぎ上げたのだ。


「な、なにする…」


 彼らが目指すのは岩場。そこに登って、どこかへ向かって歩いているようだが……。


「ちなみに泳げるかな?」

「お、泳げますけど…」

「働いてばっかじゃ熱中症になっちまうよ! あそこの店主俺の顔見知りだからちょっと位サボっても許されるって!」

「えぇ…うわぁっ」


 パリピな兄さんたちは岩場の上から、海に向かって私を放り投げる。何だこの洗礼。

 私の視界は海ではなく、太陽が燦々輝く青空に向かっていた。身体が一旦上に浮いたかと思えば、重力に従って落下していく。


「森宮っ」

 ──バチャーン!


 水しぶきを立てて海に落下した私の身体は沈んでいく。反射的にギュッと目を閉じていたが、ゆっくりと目を開く。気泡が上に向かって流れていく。海に差し込む太陽の光が水面にキラキラと輝いて綺麗。

 熱中症一歩手前まで火照った身体が冷えて気持ちがいい。


 私はそのまま息が続くまで浮遊していようと思っていたのだが、背後から回ってきた腕に抱き寄せられ、水面に浮上させられた。


「ぷはっゲホゲホっ」

「大丈夫か!?」


 驚いて海の水飲んじゃったよ。悠木君、あんたのせいだぞ。


「…溺れていたわけじゃないけど」

「沈んでたくせに何強がりいってんだよ! あの大学生に落とされたんだろ!」


 悠木君はここまでガチ泳ぎして私を救出しに来てくれたらしい。

 心配してくれるのはありがたいのだが、現実に素人が溺水者を救助するのは危険なのでやめたほうがいいと思うよ。


「意外と楽しかったよ。あんたもやってもらうといい」


 別に彼らには悪意はない。

 働き詰めの私を心配していたみたいだし。パリピってあんな感じじゃない。皆と楽しさを共有したいみたいな。ここは海なんだから気楽に行こうや。


「おまえ…脳天気すぎるだろ」

「熱中症一歩手前だったから身体冷えて楽になったよ」

「お前ほんと、バイトしすぎて倒れるぞ、まじで」


 その時はその時である。私は目的のためにバイトをしているのだ。今更やめるわけにはいかない。


「それより、私の作った出来たてたこ焼きが食べたいんでしょ? 特別にひとつオマケしてあげるよ。作ってあげるからお店においで」


 私が笑って言うと、悠木君は変な顔をして、そしてため息を吐いていた。

 学校ではクールキャラ維持しているイメージだけど、悠木君は意外と表情豊かだね。開放的な海がそうさせてくれてるのかな?



 ジュワジュワと鉄板から煙を立てて形になったたこ焼きを器に盛ると、ソースをかける。マヨネーズはチーズで、ソースは辛めだったな。


「悠木君、青のりおかけしてもよろしいか?」

「ん」


 友達のところに戻らないのか、悠木君は店先の隅っこでスマホをいじっていた。

 海に入ったおかげで髪が濡れ、妖しい雰囲気をまとっているため、屋台前に女性の見物客が集まっている。そんな視線も物ともしない悠木君はできたてたこ焼きを頬張っていた。


「あの、わたしもたこ焼きひとつ」

「私も!」

「あたしは5つ!」


 おやおや、客寄せパンダ効果でお客さんが殺到し始めたぞ。

 悠木君は刺さる視線をすべて無視し、我関せずとばかりに、たこ焼きを食べた後も店主気取りで店先のパイプ椅子に座ってまったりくつろいでいらした。

 あんた、海になにしに来たの。

 友達との青春を育むためじゃないのか。


 そのあとお客さんのほうが殺到するもんで、炎天下の砂浜でたこ焼きを売り歩かなくて良くなったのがラッキーであった。



■□■



「あ」

「おー早いねー」


 コンビニで早朝からバイトしていると、制服姿の悠木君がご来店した。


「…お前のほうが早いだろ」


 私の声かけに悠木君が笑った。

 珍しい笑い顔である。女子に目撃されたら今度こそ私は嫉妬で殺されてしまいそう。


「特進科は夏季補講が多いから大変だね」


 どうやらお昼に食べるご飯を購入してから学校に向かうようである。商品をスキャンしてからお会計合計を告げる。袋詰めのついでに、レジ横にあった一口サイズチョコを1つ袋に忍び込ませた。


「おい…」

「チョコは私のおごりだ。勉強に疲れたら食べ給えよ」


 この間たこ焼きたくさん買ってくれた上に、客寄せパンダしてくれたおかげで売上が良くて特別ボーナスもらったので私の懐は温かいのだ。


「…ありがとな」


 ハニカミ笑いを浮かべた悠木君は年相応の男子に見えた。

 しかし笑うと危険だな。女子を更に引き寄せそう。美人とかイケメンって無条件にちやほやされるから幸せそうだが、容姿が整っているがゆえの悩みもあるらしいから大変そうだよね。


「普通科は補講ねぇの?」

「今日はないよ。この後別のバイト入ってるから私は忙しいけどね!」


 私が親指を立てると、「お前一体どれだけ掛け持ちしてんの?」と呆れた顔されたが、そのときによって数が変わるので正確な回答は出来ない。


「ありがとうございました! またのご来店お待ちしております!」


 コンビニを出て学校に向かう悠木君に元気よく挨拶をすると、私は細々した仕事を片付けることに没頭したのである。

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