仰げば尊し……

ぱんのみみ

仰げば尊死

 朝目が覚めたらWeb小説『幸福の小鳥』の悪役であるレイチェル・ポン・デ・ケイジョになっていた。何をいっているのかわからないというそこの諸君。

 残念ながら全く私も分からない。

 このWeb小説はざっくりいうと王子さまと貧乏な少女アリア・ザッハトルテが幸せになる王道シンデレラストーリーだ。


 よりにもよって王子の婚約者でヒロインをいじめるレイチェルに転生してしまった。ちなみに私の推しはたくさん出てくるイケメンではなく挿し絵のアリアだったのでヒロイン転生しなかったのは良かった。

 だってヒロインに転生しちゃったら推し活できないもの!


 しかし、しかしだ。

 何故か記憶が戻ったのは話の序盤、王城で開かれる舞踏会のためにアリアが貯めたお金でブティックでドレスを買うシーン、その直前だった。

「……なんでこんなタイミングに」

 ここでアリアは初めてレイチェルに遭遇する。

 既に皇太子のダニエルにであった後だった為、レイチェルはダニエルが心を寄せ始めたアリアに嫉妬して彼女をいじめるのだ。買ったばかりのドレスを駄目にする!

 まさに外道!!


「ほんとレイチェルはあり得ないわ……!!」

「お嬢様……?」

 そう地団駄を踏む目の前を派ッッッ手なドレスを試着しようとする令嬢が通りすぎた。金髪に青い瞳。何故か常に生花を編み込んでいるあの後ろ姿は……。

「アリア・ザッハトルテ!!?」

「ひゃ、ひゃい!! あ、あぅ、レイチェル様! ご、ご機嫌麗しく……」

 小鳥のような愛らしい美貌に一瞬意識が飛んだがなんの問題もなかった。いや、問題はある。

「貴方……貴方、何を試着してるのよ!!」

「ふえ?」


 アリアが来ているのは大人ぁな魅力を持つ深紅のドレスだ。薔薇があしらわれていて全体的に華美だが。

「童顔の貴方にこんなの似合わないわよ! なに考えてるのよ! そりゃ意地悪だってしたくなるわよ! ちぐはぐなのよぉおお!! て言うかそのドレスの流行、もう二シーズンも前よ!? ちょっと! 貴方も何してるの!?」

「え、レイチェル様!?」

 仕立屋の腕をつかみ問い詰める。

 いや、あり得ないだろう。タレ目で金髪の癖っ毛、真ん丸の瞳。どうみても深紅の大人ぁなドレス着る子じゃないわ。


「マダム。この店のピンクのドレスを全部持ってきてちょうだい。お金に糸目はつけないわ」

「畏まりました」

「ふぇええ!?」

 驚愕するアリア、まじてんし。

「いい? アリア。貴方は顔だちが幼い感じなのよ。だからパステルカラーの方が似合うわ」

「で、でも、子供っぽいんじゃないかと思うと私」

「そんなことないわ。春の花のように、森の小動物のように愛らしくなるわよ! 或いは舞い踊る蝶々のようでもいいわね。レースは少し控えめにして、素材自体を軽くしてみるのはどうかしら」

「ですがケイジョお嬢様。今季の流行りはやはりレース生地ですわ」

「ではそれを何枚も重ねたようなドレスはなくて? いえ、いいわ。一から仕立てるわよ」

「畏まりました。お色はいかがいたしますか?」

「そうね。イエローからピンクへのグラデーションとかどうかしら。春らしくて美しいわよ。アリア嬢が着たら間違いなく春の花そのものね。それでいて優美さを感じさせるような落ち着いたデザインにできないかしら?」

「愛らしさと優美の共存……必ず素晴らしいドレスになることでしょう」


 ブラボー。私達のイマジネーションに乾杯。

「では代金は」

「これでいいわね。私のはいつもの感じで流行りっぽくお願い。色はなんでもいいわ。被んなきゃなんでも」

「そちらも畏まりましたわ」

「えええええ!? レイチェル様のドレスにもこだわりは……」

「そんなことよりも! 次に行くわよ!」

 アリアを連れて行った先は勿論宝石店だ。

 ドレスに合わせたジュエリーは必須。本来であればできたドレスにあわせるのだろうが、今日を逃したら彼女と会える自信がないので今日買う。


「この子の瞳と同じ色の宝石を出して。少しでも狂ってたら殺すわ」

「そんな! 無慈悲です!」

「おっとレイチェル、そうはさせないよ」

「その声は!」

 スライディングで現れたのは金髪碧眼のイケメンだった。少なくとも私がイケメンを書けっていわれたらこういうのを書くなって感じのスーパーイケメンだった。眩しすぎて目が開かない。


 勿論、こんなタイミングで出てくるのなんて一人しかいない。カレー王国皇太子のダニエル・ラング・ド・シャだ。一国の皇太子がスライディングで出てくるな。

「アリアに宝石を送るのはこの私だ。ちなみに尺がないから巻き気味だ」

「要らないことは黙っていればよろしくてよ、ダニエル様。それに彼女への宝石も私が買います。何故ならば、彼女へのドレスは私が買ったからですわ!」

「勝ち誇ったようにいうな! ドレスも私が買い直して与える! そもそも異性からドレスを贈られるのが醍醐味だろう!」

「私もアリア嬢と結婚いたしますから、私が贈っても良いはずですわ!」

「不敬罪だ! それに!」

 王子は持っていた化粧箱を開く。


 そこにはアリアに相応しいサファイアが鎮座していた。


「もうかってある!!」

「くぅ……!!」

「ははは! 敗けを認めるか、レイチェル。言い残すことはあるか?」

「と、尊い……」

「尊い……? それは神に使う言葉では?」

「まぢてんし……」


 その日、カレー王国に尊いという概念が爆誕した。

 その言葉は次々に伝染し、人々は推しという概念をも獲得した。水晶による恋愛シュミレーションや戦闘シュミレーションが人々の間に普及し、彼らは己の『推し』を見つけて愛したという。


 そしてレイチェルとダニエルは穏和な婚約破棄をしアリアを守る為の条約を交わした。アリアはレイチェルの家の養子となり、ダニエルとアリアは無事レイチェルの『課金』または『お布施』により結婚をしたのだった……。

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仰げば尊し…… ぱんのみみ @saitou-hight777

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