推し活できる幸せ

川木

大好きな推しへ推し活できる幸せ

 推し活。それは大好きな推しの為に人生を注ぐ活動全般のことだ。つまり推しを思って息をしてるだけで推し活なので、実質生きてる間ずっと推し活してるようなものだ。


「へ、へーそうなんだ」

「いや、そうはならんでしょ」

「なる。何故なら推しのことを考えない日はないから」


 親友の田辺ちゃんが呆れた顔になっているけど、私は自信満々に答えた。気軽な気持ちで質問したであろう、授業で同じグループになって友達になったばかりの新海ちゃんはちょっとひいてる。


「えっと、里田さんの推しってなんなの?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 私が推しているのは今人気急上昇中の女性アイドルグループ、カルポス。もちろん全員好きな箱推しでもあるけど、一番最高最強の推しは、なんと言ってもリーダーの秋田林檎ちゃん!

 林檎ちゃんは各地から集まった癖のあるメンバーをまとめるリーダーなんだけど、誰より破天荒で逆にみんなを振り回すことでメンバーの心をひとつにしちゃうカリスマの持ち主!

 二年前にできたばかりのグループ、高3の受験戦争が始まる頃ラジオから流れた曲を聞き、調べてすぐに夢中になった。無理めだった東京の大学を目標に、生でライブを見に行けると言うのをモチベーションに見事合格。そして今にいたるまで大大大好きなアイドル!

 全員が楽器をそれぞれひいて歌ってと、アイドルと言うより全員ボーカル兼任のバンドのような構成だけど、アイドルの名前に負けないビジュアルと曲ごとに演奏担当とダンス担当に分かれてされる多彩な曲と圧巻のパフォーマンス。

 特に林檎ちゃんはは歌唱力もダンスもずば抜けていて、それでいてライブでは当然のように毎回アドリブをいれちゃう応用力の高さとサービス精神の旺盛さ、どこをとっても最の高。

もちろんビジュアルも完璧で、林檎ちゃんは色白でライトアップにも負けない煌めきが――


「はい、ストーップ。新海さんひいてるから。布教活動はいいけど、熱量考えなって」

「あ、あはは。ほんとに好きなのは伝わってきたよ」

「うん! ほんとにいいグループで、ファンサービスもよくて毎月ライブもしてるんだよ。今月は無理だけど、来月ならなんとかなるからライブいかない?」

「い、いやー、ごめんね、私ライブいかないタイプの人間だから」

「そんな勿体ない!」

「落ち着けー。布教どころか、カルポスに嫌悪感持たせる気?」

「う、ご、ごめん? つい熱くなっちゃって……」


 田辺ちゃんに肩を叩いて止められてはっとして、浮きかけていた腰をおちつけた。目の前の新海ちゃんのドン引きっぷりもわかる。

 やってしまった。いつもこれだ。好きだからこそみんなに知ってほしいし、少しでもよさを知ってもらいたいのに。気持ちが先走りすぎて、こうしてひかせてしまう。

 私が成功した布教例は大学で出会った田辺ちゃん一人だけ。すでに二年生なのを考えるとその成果はあまりにわずか。ぐぬぬ。


「ふふ、いいよ。それだけすっごく好きってことだもんね。私は飽きっぽいタイプだから、ちょっとうらやましいくらいだもん」

「新海ちゃん……! じゃあ」

「ライブは断られてるの忘れないように。独特の熱気だし、人込み苦手な人にはライブからすすめちゃダメでしょうが」

「うう。はい」


 また今日も、布教を失敗してしまった。ただ、グループワークに問題ないくらいには仲良くなれそうだし、友人ができただけでも良しとするしかない。


 授業も終わり、新海ちゃんともわかれて田辺ちゃんと歩いて大学を出ながらため息をつく。


「あーあ、いつになったらカルポスが好きって言って、私も! 今度テレビに出るよね! って言われる様になるのかなぁ」

「後半で急に難易度上がるじゃん、テレビに頻繁に出てるのって、ほんとに一握りでしょ。と言うか有名歌手でも頻繁に出てる人少なくない? コンサートとか大々的にしてたら逆にテレビに出てる暇ないんじゃない?」

「音楽番組自体少ないし、それに、カルポスはライブ活動も盛んだもんね」


 カルポスは一応インディーズではなくちゃんとした会社から出てきたグループでCDも出しているとはいっても、まだまだみんなが知っているレベルではない。BSではテレビに出たこともあるけど、そもそもその音楽番組自体知ってる人がマイナー、と言うレベルだ。わかっていても残念だ。


「でもそう言うのって、いざ有名になっちゃうと寂しくなるものじゃない? ライブだって滅多に行けなくなったりするわけだし」

「むむっ。確かにそう言う話聞いたことあるけど、私はそんなことないよ。だってあんなにみんな頑張ってるんだもん! アイドルの一番星になるべきだよ!」

「一番星(笑)」

「……あの、素で言っちゃったことで笑うのやめてもらっていいかな? 恥ずかしいから」

「ご、ごめんごめん……っ」


 テンションが上がってしまったけど、お腹かかえて声をださずに爆笑してる田辺ちゃんに恥ずかしくなって頭をかく。うぅ。またやってしまった。

 カルポスが好きすぎて、それに関するとすぐにテンションがあがってしまう。私、本来そんなテンション高いタイプでもないから、ほんと、恥ずかしい……。


「はー、笑った。まあいいんじゃない。私、里田のそう言うとこ、好きだよ」

「からかうのやめてよー」


 にかっと笑ってからかわれているのはわかっているけど、カルポスが関わらない私はそう言う軽口になれていないので、ちょっと恥ずかしい。


「ところで今日のライブはこのままいくの?」

「時間あるし、一回帰る? 私は準備万端だけど、田辺ちゃんは用意できてないよね」

「え? いや、用意できてるけど」

「え? この間ライブTシャツ買ってたじゃん!」

「えー……勢いで買ったけど、派手じゃなかった?」

「めっちゃ似合ってたよ!」

「うーん。じゃあ、まあ、着るよ」


 と言う訳で一回田辺ちゃんの家に寄ることになった。と言うか、田辺ちゃんと私はマンションの隣なのだ。

 なので仲良くなれたし、その分いっぱい布教して、苦笑いしながらもついてきてくれた初ライブで見事にファンになってくれてそれからほとんどいつも一緒に過ごしている。


 田辺ちゃんとはまだ一年の付き合いだけど、もはや親友を通り越して大親友と言ってもいい。


「ただいまー」

「いや私の家だから」

「えへへ。いーでしょ。ちょっと休憩させて」

「隣でしょうが。別にいいけど」


 鍵を開けると同時に勝手に家に上がり込む私にも田辺ちゃんは優しく笑って許してくれる。

 優しいなぁ。私がカルポスに夢中になりすぎても笑って手綱を引いてくれるのも助かるし、ほんと、こんなにいい子と仲良くなれて、私って最高にラッキーだなぁ。


「じゃあ着替えるからちょっと待っててね」

「はーい」


 お互いの家にいる自体になれたもので、田辺ちゃんは私を気にせずライブTシャツに着替えだす。着替えたTシャツはビビットなピンクだけど、よく似合っている。可愛くてきゅんとしちゃうくらいに。


「やっぱりすっごく似合ってるよ! カルポス最高!」

「はいはい。ほんとにカルポス好きよね」

「なにさー、田辺ちゃんだって好きでしょ? いっつもライブにつきあってくれるもんね」

「まあ、そうね。好きよ」


 私の熱量には呆れている田辺ちゃんだけど、私の質問には間髪入れずに頷いてくれる。その笑顔はどこか照れくさそうにはにかんでいて、とっても可愛くて、もし田辺ちゃんがカルポスに入ったら最推しを林檎ちゃんから推し変しちゃうかも、なんてね!


「だよね! よーし! じゃあ準備もできたし、さっそくライブに行こうよ!」


 今日もさいっこーの時間を楽しむぞ!








 全く、呆れてしまう。里田は何にも気づいていなくて、カルポスの林檎ちゃんに夢中で、林檎ちゃんしか目に入らないのだから。


 私はアイドルになんて全然興味はなかった。大学に入ってたまたまお隣さんだった里田と仲良くなって、アイドルへの態度には引くけど、それ以外は普通に明るくて基本真面目で、軽口も気にしないし付き合いやすい友達だった。

 大学に入って最初にできた友達というのもあって、ちょっと特別で、だから魔が差した。一回くらいライブにつきあってあげてもいいかな、と。


 ライブ会場は思ったよりずっと小さくて、だけどその中でひしめき合うようにたくさんの人が、里田に負けないほどの熱量を全身から発しながらコールをしていた。

 それを見て圧倒されると同時に、これほど特定の何かに夢中になって全力を捧ぐ、そんな命を燃やすような推し活に胸がざわついたのは事実だ。

 わくわくして、そして肝心のカルポスのメンバーは映像で見せられたのよりずっと近くて、歌もうまくて、一生懸命できらきらしていて、すごい。と確かにファンになってしまいそうな引力があった。


「すごいでしょ!? サイコーだよね!?」


 だけどそれよりも、途中で振り向いて周りに負けないよう怒鳴るような大声で尋ねてきた里田の目に、もっと心が奪われてしまった。

 キラキラ、なんてものじゃない。里田がカルポスに向ける瞳はメラメラと燃えていた。

 その目からはビームのように全力で好きだと言う気持ちが発せられていて、まっすぐ向けられていない、隣にいて余波をくらっただけの私の心にまで届いてしまった。


 その煌めく笑顔を、汗だくでも色あせない力強い情熱を、喉がかれそうなほど伝えようと叫ぶ言葉を、どこまでも相手の成功を願う純粋な愛情を、私も欲しい、と思ってしまった。

 つまり、そう言うことだ。私はカルポスのファン、と言うのを否定するわけではない。普通にいいグループだと思うし、自分でCDの発売日をチェックする程度にはファンだ。


 だけどほとんど毎日里田とカルポス談義をするのも、可能な限りライブに行くのも、里田が持っている推し活アイテムを全部買うのも、全部全部、里田の為だ。

 いわば私の推しは里田なのだ。推しの為に、推しの推しへ推し活をしているのだ。もはや何をしているのか、と時々自分でわからなくなるくらい、馬鹿みたいだと思う。


 素直に最推しを推せたらどんなにいいだろう。だけど里田はアイドルではなくて、そんなことをすればおかしく思われるに決まっている。ただの同性の友達を推したら、すぐにそう言う意味だってばれてしまうに決まっている。


「はぁ……」

「ほんっっとに、よかったよねぇ……特に、林檎ちゃんのボーカル曲の中でも最高テンションの、アゲアゲ海老天ぷら!」


 カルポスのファンなのも嘘ではないけど、ライブ中はいつもよりなおきらきらしている里田ばかりに注意をとられてしまって、あまりライブ中の記憶はない。

 それでもこうして終わってからの余韻も楽しむ里田を見ていると、本当に最高のライブだった。言ってよかったと言う気持ちがこみあげてくる。


 いっそ、里田がアイドルならいいのに。そうしたら、もっと直接推せる。最推しだ。大好きだと堂々と言えるし、何より、下の名前だって簡単に呼べるのに。

 好きになってから半年以上たっているのに、いまだに名前で呼べない。出会って半年、仲良くなっても普通に名字で呼んでいたせいだ。なにか、きっかけでもないモノか。


「あとさ、林檎ちゃんが蜜柑ちゃんと、同時に名前を呼びあっちゃったミス場面も、二人ともめっちゃニコニコしてて、全然ミスっぽさなくてほんっと、よかったよね。メンバー仲良しなの、ほんと嬉しい!」

「そうだね。あとなんていうか、ちゃん付けしあってるのが可愛いよね」

「わかる! 私その影響でみんなちゃん付けで呼ぶようになったもん」

「え? そうなの?」


 名字呼びは里田もしているが、名字+ちゃん付けなのはちょっと癖あるな、とは感じていたが、まさかそんな関係性があったとは。

 と思ってからはっとする。名前の呼び方の話題! これは、下の名前に変えるチャンスでは?


「と、ところでさぁ、私らってもう結構な付き合いじゃん?」

「ん? なになに、結構な付き合いって。もうね、年月なんか関係ないでしょ。私たち、親友じゃん!」

「あー、はいはい。でさ、なんていうか……名字で呼んでるけど、あー……名前で、呼び合わない?」


 気恥ずかしいが、親友とまで言ってくれるなら名前で呼ばない方が不自然なくらいだ。緊張しつつも、ドキドキしているのを悟られないよう自然に提案した。


「ん? あー、言われてみれば、ずっと名字なのおかしいかも。えーじゃあ……」

「ちょっと、何その間。まさか、私の名前を忘れたんじゃないよね」

「まさか! ただその、ちょっと、照れくさいなって……えへへ。愛理ちゃん。これからもよろしくね!」


 一瞬疑ってしまっただけに、素直ににっこり微笑んで呼ばれた自分の名前、その響きにドキッとしてしまった。


「……。た、確かに、ちょっと、照れるね」

「ちょっとじゃなくて照れてるじゃん。真っ赤になってかーわいー。愛理(あいり)ちゃんサイコー! やっぱり愛理が世界一!」

「コールやめなさいって。もう。じゃあ、小毬、その、こちらこそ、よろしく」


 ちょっとだけ、より距離が近づいた気がした。私の本命への推し活は、まだまだ始まったばかりだ。








 び、びっくりした。名前で呼んでと言われるとは思っていなかった。田辺ちゃん、もとい愛理ちゃんは基本クールでライブに行っても私のように興奮して目の前すら見えなくなるようなことはない。

 だからこそ、そんな彼女が名前をと言い出すのも意外だったけど、名前を呼んで、今まで見たことないくらい照れてるのはすっごくびっくりしてしまった。


 可愛さにドキドキしすぎて、思わずカルポスのメンバーにするようにコールをしてしまった。

 いやだって、アイドル級の可愛さだったもん!


 こちらこそよろしく、と名前を呼び捨てにされたのもなんだかドキッとしてしまった。

 林檎ちゃんに名前を呼ばれることはないもんね。そう考えると、愛理ちゃんは推せば推すほど返してくれるのほんと神。なんてね。愛理ちゃんはアイドルじゃないんだから、当たり前だ。


 と考えてから、あれ? 当たり前かな? と気付いてしまった。


 アイドルじゃないから、それよりは距離が近いのは当たり前かもしれない。でもおなじだけ返してくれるとか、それは当たり前ではない。いつも付き合ってくれる優しい愛理ちゃんだけど、その優しさは当たり前じゃないんだ。私が特別だから、優しくしてくれてるんだ。


 アイドルじゃないから、私を特別にしてくれるし、私も特別に思っていいんだ。

 そう思うと、何だか変にドキドキしてしまった。


「ねぇ、小毬。今日もこのまま泊まっていくでしょ?」

「え、う、うん。愛理ちゃんがよければ」

「え? なにその感じ。いいに決まってるでしょ。今日のライブについて語ろうよ」

「う、うん! だよね!」


 この思いが推しとは別の気持ちとなって、恋愛感情だと自覚するなんて、この時の私はまだ知る由もないのだった。

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