お仕事と推し事に忙しいので。

鈴木怜

お仕事と推し事に忙しいので。

「店長、てーんちょー、こんなんじゃ潰れちゃいますよー、お店」


 やや手狭ではあるものの、かえって隠れ家のような印象を与える店の中。

 ボクの目の前でメイド服がゆれている。


「仕方がないだろう、お客が来ない以上収入がないんだから。……メイド喫茶って、こんなに人が来ないんだな」


 ボクの叫び声にも驚いた様子の客はいない。というか、そもそも客がいない。

 そんな飲食店と言うにはあまりにも経営が心配になる状態だというのに、店長はあまりにもやる気のない声を出した。

 さすがに喝を入れなければいけないのだろうか。店長に対して。

 ただ、こんな店内の様子が何十日も続いているのも事実だ。

 ちょっと正論をかましてやろうと息を吸った。


「メイド喫茶自体はお客がくるようになってるんですよー! 秋葉原アキバ大須オオスみたいなオタクの街ならお客の方からやってくるんですー!」

「そうだよな。うちに来ないのはやっぱおかしい」

「おかしくなーい! どこだと思ってんですかここ! ドがつくくらいの田舎ですよ田舎! それも山の麓とか、気軽に来られる場所じゃないんですよここはー!」


 ここは音楽の街、浜松ハママツ。それも、山だらけの北区。

 わざわざここだけを目当てにしないと来るにはつらいだろう。

 法多山もそこそこ離れている以上、市民の憩いの場にもなりにくい。


「それにメイドがボク一人なのもおかしいでしょう!?」

「なんでだ? お前さん一人で十分すぎるだろう」

「これだけ人がいないのならで、す、け、ど、ね! 商売やる気あるんですか!?」

「それなりに」


 やる気の感じられない声だった。ダウナー系と言われてもおかしくなさそうな感じだった。

 さすがにボクの怒髪が天を衝く。


「じゃあなんでボクはメイド服なんて着せられてるんでしょうね!?」

「メイド喫茶だからな、ここ」

「ボクは男だあああああああああ!!」


 そうなのである。

 片田舎でやるにはちょっとばかり業が深すぎないかとボクは思うのだ。

 女装メイド喫茶なんてものは。

 せめてモーニングの激戦区・愛知おとなりにすべきではなかったのかと思わずにはいられない。


「その業の深さが良いんだろう」

「うっわぁ……」


 どうしてボクはこんなところで働いてるのだろう。

 お給料がいいのが救いだ。


「まー、でも大丈夫だろうよ」


 店長のテンションが心なしか上がる。


「実は今ここ、生配信している」

「へ?」


 初耳だった。


「ちなみに結構な人気になっている」

「……へ?」


 どこにそんな人気になる要素があるというのか。


「ちょっとコメント欄を覗いてみようか。……えー、『買い取りたい』『男の娘のいる暮らしとか主は処すべし慈悲はない』『ワイのために一秒でも長く続けてくれ』『ここがNGKですか?』『名前くらい教えてくれてもええんやで』『近ければ行くんやがな』その他もろもろ。……スパチャも多いぞ」

「え? は? え?」

「『こっち見んな俺が死ぬ』『メイドさんのお持ち帰りはできないんですか』『寿命が伸びた』『推しに介入させるなよ分かってねぇな主』『うちに来ない?』『もしもしポリスマン?』『推し活代』その他もろもろ」


 さすがにちょっと理解が追い付かなかった。


「ちなみにこれを給料に回している」


 お給料がいいのはこれのせいらしかった。それでもよく分からない。なんでそんなことをしているのか。


「そんなわけで実は余裕で店が回る。お前のおかげでな」

「いやいやいやいや、それでも色々おかしくないですかぁ!? なんでここが!?」

「お前の人柄と外見だろうな。女装メイドをしているという背徳感、それでも笑顔を忘れない朗らかさ、ツッコミのキレ、その他もろもろ」

「さっきからもろもろ言いすぎです!」


 とにかく、問題がないらしいことは分かった。

 でも、質問したいことは山ほどある。

 それらをできるかぎり飲み込んで、最後に一つ残ったものをボクはぶつけた。


「店長、働いてください?」

「お仕事と推し事に忙しいので」

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お仕事と推し事に忙しいので。 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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