隙間噺

@heavey0340

戦闘訓練とラッキーすけべ



「そんじゃ。かかって来なよ、“ルーキー”」


 UGN・寄木市支部、トレーニングルーム。

 その模擬戦用のスペースで、水篠勇魚は向き合う少年……南雲樹に声を投げかけた。

 薄く口端を持ち上げながら。訓練用の模造刀を肩に担いで、何処までも自然体に。

 対する樹は眉を顰め、「はあ」と感情の薄い声を漏らすのみ。

 如何にも気乗りのしない様子だ。だらりと下げた手は無手である。

……尤も。彼はそもそも武器など必要としないのではあるが。


「……俺、手加減とかあんまり出来ないんですけどぅおっ!?」

「お、良く避けたじゃん」


 ひゅん、と軽い風切り音と共に、樹の前髪が僅かに切れる。素人目には視認すら難しい、神速の斬撃。樹が避けられたのは幸運と、勇魚の手加減のおかげである。


「ほら、さっさと気合入れな。じゃないとこのままハゲ散らかすよ」

「的確に嫌な事するの止めてくれません?」


 冷や汗と共に吐いた言葉にはいやに実感が籠っていた。

 余談だが、遺影の中で笑う南雲家のご歴々は見事な禿頭である。


「ま、心配しなさんな」


 たたらを踏んで後退し、半眼で睨む樹に余裕な態度を崩さず、


「なんかもう勝った気でいる生意気な後輩と違って、アタシは手加減得意だからさ」


 腰だめに。最も得意とする居合の構えを取って。


「五分刈り程度で許してあげるよ」



_______________________________



 唸りをあげて飛来する黒白の炎を、奔る銀閃が叩き落とす。

 そのまま前へと踏み込み、返す刀で放たれる勇魚の斬撃。後ろに跳ぶ樹──躱し切れず、首が斬撃から逃れるための数瞬を、左腕を犠牲にする事でもぎ取った。

 刃引きがしてあるにも関わらず、主の元を離れ宙に舞う左腕。出血は無い。代わりに噴き出した影が切断面を繋ぎ、そのまま劫火の鞭となって勇魚を襲う。

 大振りの攻撃だ。頭上から襲い来るそれを半身になって躱し、擦れ違うようにしてがら空きの胴に胴薙ぎを見舞う。

 あっけなく体を貫く刃。しかし、


「うわっ」


 傷口から溢れ出る黒白の螺旋炎が、樹の上半身を呑むようにして広がった。勇魚は転がるようにして前へ跳ぶ。躱す事には成功したが、背中はしっかり炙られた。ひりつくような痛みに、思わず「インチキくさ」と口から悪態が漏れる。


 刀を構え直し、素早く樹の体を視界に収める。上半身を失いぐらつく下半身は、けれども倒れる事なく影へと沈んだ。

 影──勇魚が顔を跳ね上げれば、そこには既に、宙に舞った塵から体を再生した樹が、影絵の砲身の照準を勇魚へと合わせているところだった。

 溢れ出るプラズマ。銀色の燐光を放つ黒の炎閃が、トレーニングルームの床を穿ち抉り抜く。その時には既に、炎閃を潜り抜けた勇魚の刃が樹の体に食い込んでいた。

 両断される胴体。しかしそれも、すぐさま炎へと転じ周囲の空間ごと焼却される。その下では樹が、荒い息を吐きながら自らの影から這い出していた。

 “傍らに立つ者(シャドウバディ)”……そう呼ばれる特質の中でも、彼のそれは際立って異常だ。自立駆動する影と自己の間に境界が無く、影は樹自身であり、自身もまた影である。斬られようが、或いは撃たれようが潰されようが、いくらでもどうとでもなるのが彼の能力だ……とはいえ、負担はおろか痛みが全くない、と言う訳ではない。燃費で言えば、寧ろ極悪の方だ。

 呼吸を整える樹。その耳が、靴が地を踏む音を聞く。慌てて振り向くも、勇魚の姿は地面に無い。踏んだのは壁だ。爆風に煽られながらも身を捻って壁に足を付け、衝撃を殺し足に“溜め”を作っている──!

 反射的に腕を構え、追撃に移ろうとするが──遅い。掌に影が集うよりも速く、それこそ弾丸のような速度で勇魚の体が撃ち出され、


 はらり、と。

 その胸元から何かが零れ落ちた。


「あ」


 それが勇魚のつけていた下着だということと、背中を炙られたせいで布地が焼け落ちたということと、踏み込みの苛烈さで脱げてしまったということに、果たして樹が気付けたかどうか。

 勇魚は気付いた。気付いてしまった。それ故に動作に僅かな乱れと停滞を生み、結果として。


「うわ────ッ!!!」


 果たして、悲鳴はどちらのものか。

 勢いそのままに勇魚が樹に衝突して、二人共々もんどりうって倒れることとなった。


「いつつ……しまった、樹、だいじょ────」


 そこまで言って、言葉に詰まる。

 何の奇跡か偶然か。

 埋まっていた。

 樹の頭部が。

 勇魚の胸部に。

 生である。

 繰り返す。生であった。


「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

「ルーキー」

「もご(はい)」

「今日はアタシ、焼き肉が良いな」

「もごごもごご(分かりました)」




_______________________________




「はー、食った食った」


 樹の財布を空にする勢いで豪遊した帰り道。ATMと化した樹を家の方向へと蹴り出した後。勇魚は一人、夜道を歩いていた。自身の家まではまあ距離はあるが、腹ごなしの運動がてら、である。摂取カロリーのことなど気にするまでも無く、毎日の訓練と任務でいずれ消費されるものではあるが。体を動かしていた方が気は紛れるものである。

 焼き肉屋で貰った飴を口の中でころころと転がし、しばらくはご機嫌で歩いていたが。


「……やっぱ五分刈りにはしておくべきだったか」


 今日の事を思い出す。胸中は靄がかったようであり、得体の知れない感情と沸き上がる衝動のぶつけ先に迷う。結果、次の訓練時には樹の頭部が五分刈りにされる事が決定した。

 妙に感情の薄いようでそうでもない樹の顔を思い浮かべ。ふと、通りがかった喫茶店の窓ガラスに映る自分の顔を見て。


「……やっべ、顔、赤……」


 恥じ入るように顔を伏せ、せめて先程までは顔が赤くなかった事を祈るのだった。




_______________________________




 ところかわって。


「……痛いな……」


 勇魚の歩く道とは別方向。こちらも自宅への帰り道で、ぽつりと樹が呟く。口調と表情には苦味がある。手酷い出費だった。果たして女子高生とはあんなにも肉を食べるものだったか。友人に連れられて行ったクラスメイトとのあれそれを思い出そうとして、一切合切思い出せない事に気付く。そこまでの興味を持って、他人を見た事は無かったのだ。

 足を止めて、溜息をひとつ。今度からは、もう少し周りの事を気にしよう。

 “こちら側”に踏み込んで久しく。今日に至るまで色々な事が有った。未だ、ずるずると引き摺り続けるものはあるが、引き摺ってでも前に進める強さなら、手に入れられたと思う。

 それは偏に。共に戦った二人のおかげだ。軽々に口に出しはしないものの、感謝している。

 などと言えば。『ちゃんと口に出せ馬鹿』などと双方から言われるだろう事は想像に難く無く。なので恐らく、感謝の気持ちが口頭に登ることはないだろう。


……いや、ちゃんと言えよ。


「……? 幻聴かな」


 ともあれ。


「……………明日は訓練休もうかな」


 表情薄く、そんな事を言う。

 次に顔を合わせた際、どんな表情をすればいいのか。そんな事、分かるはずも無く。学校でもなるべく顔を合わせない様に気を付けよう、と。樹は心に決めるのだった。






 尚。





「逃げんな馬鹿!!!!!!」


 次の日、学校の玄関口でばったり出くわし、全速力での追いかけっこが始まるのは、また別のお話。

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