あの魔法少女を推すために

ゴッドさん

私の推し魔法少女が推されない

 趣味とは、同じ界における優位性を獲得する闘争である。

 何かを好きになると同時に、何かを嫌いになるということだ。


     ***


「未明、東京都新宿区に敵性生命体『夜の手勢』が出現しましたが、ソード・ヴァルキリーを中心とした魔法少女たちによって駆除されました」


 目を覚ましてテレビを点けると、朝のニュース番組でそんなことが報じられていた。


「ああ、また出たんだ」


 夜の手勢に破壊されたと思われる。

 建造物の映像を横目に、ダイニングでカリカリに焼いたトーストを食べる。それから高校の制服に着替えて家を出た。


 世界を闇に落として人類の家畜化を目論む化け物、夜の手勢――それに抗える力を持つのが魔法少女たちだ。


 学校では近所に出現した夜の手勢と魔法少女の話題で持ちきりだ。ニュースによると出現したのは、ソード・ヴァルキリーと呼ばれる魔法少女。スタイリッシュな剣捌きで敵を殲滅する能力を持っている。


「一番好きな魔法少女って誰?」

「やっぱりソード・ヴァルキリーかなぁ」

「分かる! 超カッコいいよね!」


 他にも強くて有名な魔法少女は存在するが、やはりソード・ヴァルキリーが断トツで一番人気を誇る。


 そんな会話を横で聞きながら、私は――


 ソード・ヴァルキリーなんて王道中の王道だろうが!

 それでもテメェは魔法少女好きなのか!


 ――と、心の中では思っていた。

 周りの連中は何も分かっていない。ソード・ヴァルキリーを推すなんて、魔法少女の世界を理解できていない。もう少し勉強したらどうなのかしら。


 そうしていると、私にも話が振られてきた。


「影山さんはどの魔法少女が好きなの?」

「あの……サイコ・スフィンクス」

「えっと……誰?」


 は?

 サイコ・スフィンクスを知らないのかよ!


 確かに少しマイナーな魔法少女かもしれないけれど、その能力は状況によってソード・ヴァルキリーよりも効果を発揮できるし、容姿だって彼女に負けていない。

 しかしどういうわけか、サイコ・スフィンクスの人気は低い。

 こんなのおかしいよ。

 どうしてソードだけが取り上げられて、サイコ・スフィンクスが情報の波に埋もれてしまうのか。


 私は爪を噛み、ソード・ヴァルキリーを持ち上げる連中を睨んだ。


     ***


 そんな私は、サイコ・スフィンクスの正体を知っている。近所のスーパーマーケットでアルバイトとして働いている女子高生だ。


「いらっしゃいませ」


 下校中、私はいつものようにそのスーパーマーケットに立ち寄った。彼女の出勤日はしっかりと把握している。彼女は担当しているスイーツコーナーの棚を整理していたが、私が近づくと振り向いて挨拶してくれた。


「いつも大変ですね」

「いえ、そんな……」

「今日もこれ、買っていきます」


 彼女がオススメしている新作スイーツをカゴに入れる。これが彼女と行われるやりとりだ。好きなアイドルと握手するために、握手券の付いたCDを購入する感覚に似ている。


 帰り道、私のテンションはMAXだ。


「アッハ、今日も喋っちゃったぁ……」


 それにしても、こんな素朴で優しい性格の女の子なのに、何で人気がないのか。


 ちなみに魔法少女の王道、ソード・ヴァルキリーの正体も知っているが、正直嫌な女だった。デカい乳で周囲の男を誑かし、デートは全て男に奢らせる。イケメンと何股しているのか分からない。

 世間の人間の多くは魔法少女の正体を知らないが、あの一面がバレたとき、今と同じように人気でいられるかは難しいだろう。


 ああ、あのサイコ・スフィンクスの子を魔法少女界の頂点に上らせてあげたい。

 彼女が有名になるにはどうしたらいいのか。

 彼女がもっと夜の手勢を倒せばいいのか。

 彼女がもっと夜の手勢と遭遇できればいいのか。

 もっと彼女に敵を――


     ***


 真夜中、私は空を見上げながら、そのときを待っていた。


 まるで月を割るかのように、空間に大きな裂け目が現れる。そこから黒い霧が溢れ、星空を覆い隠した。


「グルルォ……」


 獣のような唸り声と共に、裂け目から夜の手勢が姿を現す。赤く光る目玉に、長く太い手足。様々な姿で出現する夜の手勢だが、今回は筋肉質な巨人のような形をしていた。人間への殺意と、文明への破壊衝動が、彼を前進させる。


「あなたが新しい夜の手勢?」


 私の言葉に振り向く化け物。歯茎を剥き出しにして、憤怒を露にする。


「悪いけど、私の好きなスフィンクスのために、犠牲になってくれない?」


 私も実は、魔法少女だ。

 名前はスニーキング・キャット。体を透明化し、気配を完全に消せる。そのため他人に認知されず、人知れず戦える。


 私は姿を隠し、闇の中へ身を潜めた。巨人はその能力に驚いて周囲を見渡すも、発見できずに彷徨う。


「こっちよ」


 巨人の背後に爪が襲いかかる。背中の硬い皮膚を深く入り、さらには脹ら脛の腱を裂く。その痛みに彼は悶え、一気に飛び退いた。


「グガアアッ!」


 勝ち目がないと踏んで逃げ出す巨人。住宅街を勢い良く走り、私から距離を取ろうとする。


 巨人が逃げた先は、スーパーマーケット。そう。あのサイコ・スフィンクスの子が働く店だ。今は丁度、彼女の退勤時間。敵の前に、自転車で帰宅しようとする彼女が現れた。


「え、え? 夜の手勢?」

「グオオオオオッ!」

「へ、変身!」


 刹那、彼女は魔法少女サイコ・スフィンクスへ変身し、空へ高く飛び上がった。


 手負いで弱体化していた巨人など、サイコ・スフィンクスの敵ではない。彼は念力に押し潰され、夜の闇へ霧散した。星空を覆っていた闇は消え、いつもの穏やかな夜へ戻る。


「やった! 夜の手勢が倒されたぞ!」

「ありがとう、魔法少女!」


 スーパーマーケットに来ていた客や通行人からサイコ・スフィンクスへ拍手が送られる。

 これで明日の朝のニュースは今回の騒動で決まりだ。


「あれ、でも、いつもより敵が弱かったような……」


 彼女は人目につかない場所で変身を解除すると、キョトンとした顔のまま足早に去っていった。


 これでいい。

 これであの憎たらしいソード・ヴァルキリーに一泡吹かすことができる。


 推しが成果を上げた瞬間、私の脳にはアドレナリンが溢れ、果てしない高揚感に浸れる。

 また今度、彼女に夜の手勢を献上しよう。

 サイコ・スフィンクスを推す活動は始まったばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの魔法少女を推すために ゴッドさん @shiratamaisgod

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ