私の推し活

於田縫紀

私の推し活

 早樹様は私の同級生、同じ高校だった。

 直接話した事はほとんどない。

 しかし目が、耳がずっと彼を追いかけていた。


 勿論ストーカーなんて事はしていない。

 ただ学校が同じで、学年が一緒で、2年間クラスが一緒で、通学路がほぼ同じだっただけ。


 通学路を最短経路にせよなんて校則は存在しない。

 だから通常の道順より3倍以上長い経路を通学路としても問題はない筈。


 実際問題とされた事は無かった。

 友人に『あんた何やっているの』とは言われたけれど。


 早樹様が素晴らしいのは見た目だけではない。

 見た目は勿論素晴らしい。

 切れ長な目もやや上が尖り気味の耳も、口元の形も頭と身体のバランスも。


 ただ推すべき点は見た目だけではない。

 声も動きも性格もだ。


 早樹様は高校に入ってすぐ、軽音楽部で活動をはじめた。

 最初はギター&ボーカルだったが、すぐにボーカルとダンスだけになった。

 ギターが下手だったからとかコードを3つしか覚えられなかったなんて陰口たたいた奴もいた。


 しかし本当は声とダンスが素晴らしすぎただけ。

 だから余分なギターその他は他人に任せたのだ、きっと。

 その事を勿論、私は知っている。


 性格については俺様気味と嫌っている人もいる。

 しかしそこがイイのだ。

 早樹様には俺様口調がよく似合う。

 批判する奴はそこがわかっていない。


 そんな早樹様だが2年生の半ばで学校に来なくなってしまった。

 某プロダクション主謝意の男性アイドルオーディションに合格し、全国区になってしまわれたのだ。


 勿論私は全力を挙げて応援した。

 地方の祭りの会場、有名アイドルのコンサートの前座やバックダンサー。

 そんな早樹様の活動を追いかけ続けたし、グッズは布教用を併せてまとめ買い。


 その為に学校を休み、家の貯金をこっそりウン百万下ろしたのも今ではいい思い出。

 この件が発覚した当時は親に罵倒され、以来高校時代は交通費と昼食代350円以外は持たせて貰えなかったけれど。


 ただそんな早樹様の活動も、私が高校を卒業してしばらくした頃から追えなくなってしまった。

 私の仕事が忙しかったからではない。

 Webでも活動がひろえなくなったのだ。


 実家を確認したが既に引っ越した後だった。

 興信所を使って探したけれど居場所はわからないまま。

 以来ずっと抜け殻のような毎日だった。

 そう、10年以上の間、ずっと。


 しかしつまらない結婚をして、子供も生まれ、両親にも『やっと美穗も落ち着いたな』と言われていたある日の事。

 私はついに早樹様を発見したのだ。


『元アイドル(自称)が今度の選挙に出るんだってよ』

『誰が入れるんだ、そんな目立ちたがりだけの高校中退によ』   


 地方の話題専用の掲示板にあったゴミみたいな書き込み。

 こいつら見る目ないな死んでしまえと思いつつ検索して他の情報を調べる。

 間違いなく早樹様だった。

 顔も、姿も、公約を初めとした言動も。


 だから私は夫に要求した。

 至急早樹様の選挙区であるS県S市へ引っ越せと。

 職場に通えないなら今の会社を辞めて向こうで探せと。


『冗談だろう』


 そう言われたので翌日、通帳とカード、印鑑、当座の服を持って家を出てS市へ。

 実家の留守電にメッセージを入れておいたので子供の事はなんとかなるだろう。

 早樹様の為ならそれくらい子供も親も我慢するべきだ。


 保証人無しでも2年分前払いしたらアパートを借りられた。

 貯金が半分以下になったけれど必要経費だから問題無い。

 これを貯めた夫も有効に活用した事を喜ぶべきだろう。

 いずれわかってくれる筈だ。

 早樹様は素晴らしいから。

 

 翌日早樹様の事務所に電話し、そしてお邪魔した。

 運動員が少なくて困っていたようなので勿論引き受けた。

 というかそれが目的だったというのもある。


 そんな訳でついに、私は早樹様の推し活動を公然と行う事が出来るようになった。

 そして今日も私は車の中から推し活動を実施する。


『●●町の皆様、おはようございます。このたび市議会議員立候補したみやざわさき、みやざわさきでございます』


 推しの名前を連呼して推しまくれる。

 それも街中で公然と。


 私は今、最高に幸せだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の推し活 於田縫紀 @otanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ