押し勝つ

エリー.ファー

押し勝つ

 私には推しがいる。

 私だけの王子様がいる。

 推しのいない生活なんて考えられない。

 推しがいてこその推し。

 推しって、最高で推し。

 推し推し。

 というわけで、推しが戦うスポーツ。

 押し勝つ、の応援に行くことにする。

 押し勝つというのは、一対一、つまりタイマン形式で行われる。ルールは単純で順番に相手を押していき、相手が降参をした時点で押していた側の勝利となる。

 もちろん、接触のあるスポーツなので怪我をする危険性がある。しかし、ファンが悲しむことのないような工夫が随所にある。

 一つ目。

 相手を押す時は怪我をさせてはいけない。

 この怪我の定義だが、骨折や痣などではない。

 肌が赤くなってしまった時点で怪我とジャッジされる。

 そのため押す側は細心の注意を払わなければならない。

 また、体における繊細な部分を押してはならないため、眼球はもちろんのこと、鼻、頬、首、唇、などは反則とされる。そのため、大抵はお腹や背中を押すことになる。

 二つ目。

 押すタイミングはいつでもいい。

 これは、押す側にとても有利な要素だ。

 推しは本来自由でなければならず、自己肯定感に溢れた存在でなければならない。そのため、相手を押さなければならないという規則に縛られる必要はないのだ。

 推しが押したい時に相手を押し、押したくなければ押したくなるまで、時間を使うべきなのだ。

 それこそが、ファンが見たい本当の推しなのである。

 推しが無理して頑張る姿を見たいというファンもいるかもしれない。しかし、それは推しの時間を奪い、推しに無理をさせ、推しに過度な期待をかけることに繋がる。

 それによって、推しが疲弊してしまったら。人前に出たくないと言い出してしまったら。心を病んでしまったら。自殺をしてしまったら。

 誰が責任をとれるというのか。

 そう。

 これはしかるべきルールなのだ。

 三つ目。

 これは二つ目と被る部分もあるのだが。

 制限時間が存在しない。

 推しは生きている。つまり、時間に縛られているのである。

 これはすべての生命に言えることである。

 しかし、私たちは推しがその呪縛からも解き放たれるべきだと考えている。

 そのため、推しに時間という概念を忘れてもらうために、制限時間が撤廃されている。

 勝利条件が相手に降参をさせること。敗北条件が降参をすること。

 つまり、非常に長い時間をかけて推しを見ること、愛でること、つまりは推すことができるのである。

「前回の試合もすごかったよねー」

「うんうん、すごかったー。降参ってすっごく小さい声で言ってねー」

「そうそう、悔しいって感じが滲み出てたよねー」

「逆に可愛くて、もうきゅんきゅんしちゃったー」

「前回はどれくらいかかったっけ」

「七年」

 場所はドーム球場。

 収容人数は約五万人。

 立ち見も出るくらいの超満員。

 グラウンドに作られた特性リングに二人の男が上がる。

 もちろん、片方は私の推し。

 さあ、勝負が始まる。

 まずは私の推しが相手の鎖骨を押す。

 歓声が上がる。そして、ため息。

 次に相手が私の推しの背中を押す。

 歓声が上がる。そして、大きなため息。

「みんなー、応援だよー、せーの」

 過度な期待をかけないようにするために、心の中で応援をする。

 おーせっ、おーせっ、おーせっ、おーせっ。

 推しが押す。

「ほお」

 おーせっ、おーせっ、おーせっ、おーっせっ。

 推しが押される。

「ふう」

 おーせっ、おーせっ、おーせっ、おーっせっ。

 推しが押す。

「あはぁ」

 おーせっ、おーせっ、おーせっ、おーっせっ。

 推しが押される。

「これはこれは」

 おーせっ、おーせっ、おーせっ、おーっせっ。

 どっちの推しが勝つんだろう。

 推しが頑張ってる、応援しなくちゃ。

 頑張れ、頑張れ。

 仕事のことなんか忘れて応援させてくれる推しに感謝しなくちゃ。

 推しのために死ねるかも。

 私は一際大きな声で叫ぶ。

「ちょっとーっ、みんな聞いてぇーっ」

 場内が水を打ったように静かになる。

「なにこれ」

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