一炊の夢~浦島さん!起きなはれ!
与方藤士朗
火事になっちゃうよ! 早く!
ここは、ある若者の家。
その若者の名は、浦島太郎。
今朝ひげを剃って、一仕事して、飯を炊いておりました。
だが、少し寝不足だったのか、ウトウト、うとうと・・・。
そんなとき、男の子の声が、家の中に響き渡りました。
おーい! 浦島さーん! 飯が炊きあがるよ!
かまどの鍋が、沸騰し始めています。
男の子2人と亀が1匹、浦島太郎の家の前を通りかかっていました。
やたら白い煙が家の前から出ているのを見かねた少年が、声をかけたのです。
このままじゃ危ない、起こしてやんなきゃ!
男の子たちは、亀と連れ立って、浦島さんのもとに急ぎました。
炊き過ぎたら、家に火がついてしまうよ。ほら、早く。
今度は亀さんが、浦島太郎を前足でつついて、夢の世界から戻そうとします。
少してこずりましたが、何とか、起きてくれたようです。
ああ、そうそう、飯を炊いていたのに、つい、居眠りしてしまったよ・・・。
浦島太郎は、いささか寝ぼけ眼で鍋の様子を見ました。
飯は、男の子たちの言う通り、確かに、頃合いになりつつあります。
でもまだ、完全に炊きあがった感じでもないようです。
もう少し炊いて、食べるよ。起こしてくれてありがとう。
浦島氏は、男の子たちと亀さんに、礼を言いました。
何か夢を見ていたの?
男の子の一人が、聞きました。
浦島太郎は、答えました。
いやあ、亀さんに連れられて、龍宮城に行ったのはいいけどさぁ、3年経って帰ってきたら、300年経っていたのよ。うちにあったはずの家はすっかり変わっていてね、もう、びっくり仰天。
でさ、これ以上生きてもしょうがないやと思って、もらった玉手箱を開けたら、ひげ面の老人になっちゃったのよ。
どないしよ、思っていたら、今、目が覚めた。
夢やったみたいやな・・・。
・・・・・・
男の子たちと亀さんは、あきれ果てています。
「じゃあ、しょうがないな、そこの鏡、取ってくれる?」
亀さんが、近くの少年に頼みました。
「それ、浦島さんに渡してあげて」
「わかった」
鏡を持った男の子が、浦島氏に鏡を渡しました。
これ見てごらんよ! 浦島さん。
あれれ?
ひげ、剃ったままだな。そうか、今朝、剃ったんだった。
鏡を受取って、自分の顔をしげしげと見つめました。
白いひげどころか、髪には白髪さえも見当たりません。
もちろん、白髪染めなど、浦島さん宅にはありません。
ふと後ろの桶を見ると、朝ひげを剃ったときの剃刀が置かれていました。
浦島氏は、若い頃のままでした。
朝剃ったばかりのひげも、まだ伸びていませんでした。
そうこうしているうちに、かまどの飯が、ようやく炊けたようです。
それじゃあ、ぼちぼち、飯にするか。
さて、作り置きは、あそこの玉手箱に・・・、
「た、ま、て、ば、こォ~?」
男の子たちと亀さんは、ますますあきれ果てています。
「重箱でしょ、重箱。そんな箱、ないよ」
亀さんに言われて、浦島氏は答えました。
「あ、そうか、これ、玉手箱じゃなかった、重箱だ」
重箱を開けても、そこからは、煙も何も、出てきません。
もちろん、そこには何も、入っていませんでしたからね。
重箱の四隅にさえも、何も、残っていませんでした。
きれいに水洗いされたままのその箱に、浦島氏は、飯をいくらか入れました。
その後、梅干を一つ、飯の真ん中に置きました。
「それじゃあ、浦島さん、ごゆっくり」
男の子たちに続いて、亀さんが、一言。
「何でもいいけど、浦島さん、火の始末だけは、くれぐれもよろしく」
「わ、わかったよ。さっきは、みんな、ありがとう」
男の子と亀たちは、去っていきました。
浦島氏は、これにてようやく、その日の昼飯にありつけましたとさ。
一炊の夢~浦島さん!起きなはれ! 与方藤士朗 @tohshiroy
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