彼女は0.87メガバイト
大垣
彼女は0.87メガバイト
「私はアイドルだから、皆を笑顔にしなくちゃ!」
「君と一緒なら、私はどこまでも行ける!」
それだけだった。
正確に言えば、彼女が実際に喋ることがそれだけだった。後は幾らかのテキストと、首と腕が少し動くだけだった。
彼女はアイドルを育てるソーシャル・ゲームの新しいキャラとしてやって来た。
彼女を見たとき、そして1分にも満たない二つの台詞を聞いた時、既に彼女のことが好きになっていた。
まさに一目惚れだった。「段々と好きになる」という過程は全て排除された。画面から彼女の手が伸びてきて、自分の心臓を直接捕まれているような気がした。何がそんなに自分の興味を引いたのかは分からなかった。声だったのか、笑顔だったのか。そのどちらでもあるような気がするし、そうでないような気もした。
それからは彼女を知るまいとその微かな一挙手一投足に隅々まで目をやった。そしてゲームで彼女に関するテキスト全てに目を通しても、彼女の欠点は何一つ見つからなかった。気付けば微妙な声の抑揚から、髪の毛の曲がり具合、細かな服の様子まで完璧に把握していた。
いつも心のどこかで彼女のことを想っていた。彼女を想うと胸が苦しくなった。烙印のようにピッタリと彼女が心に焼き付けられたまま、離れることはなかった。
そして誰にも知られたくなかった。彼女の魅力を知る人間は自分だけであって欲しかった。それはある種狂信的で、宝石を隠し持つような密やかで独善的な愛だった。それも混じりけのない純粋な愛がそうせさるのだと思った。
彼女がゲームにやって来た時のことを覚えている。オープニング画面に映し出されたのは、
“追加データ0.87MBをダウンロードしますか?”
というメッセージだった。1MBにも満たないデータ、それが彼女の全てだった。愛の全てだった。それでも一人の人間の心を震わすのには余りにも十分だった。
しばらくしてそのゲームは終わりを迎えた。その日は子供の時から忘れていた涙が出た。
数年の時が経った今では、彼女の立ち絵一枚が携帯のアルバムに残されている。
色褪せることのないそれを見返す度に時間は彼女と出会った時まで巻き戻され、懐古と恋慕に胸を締め付けると同時に、灰の下で微かに灯る残り火のように小さく暖かな希望をもたらしてくれるのだった。
彼女は0.87メガバイト 大垣 @ogaki999
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