放課後のひと時と文芸部 ②
帳要/mazicero
第二話 推し活
「さあ、今日はとことん話そうじゃないか!」
同じことを言われたのは一ヶ月ほど前だ。
一ヶ月前、部室の扉を勢いよく開け、そう宣言したのは背の小さい爆乳の子犬属性女子だった。
「せんぱい、毎回思いますけど、静かに入って来れないんですか?」
「無理だ!(キラッ)」
ここに生徒会長がいなかったことを、そして、同学年の才女がいなかったことを本当に良かったと思った。俺は別に良いが、あの二人はすぐに説教モードに突入していただろう。まだ一ヶ月の付き合いだが、それぐらいの予想はできる。そして、あの二人の説教に付き合わされたくない。
「わかりました。それは良いと思うので、早めに部室に入っていただけませんか」
決めポーズをしたまま入り口にいた先輩はひとつ頷いて部室に入った。
俺は読んでいた本に意識を戻す。久しぶりに新しい作家の本で当たりの作品に当たった。できるだけ早く読んでしまいたい。
1ページ、1ページ。そうやって捲っていくうちに喉が渇いた。物語はちょうど次の章に進むところ。キリがいい。せっかくだからお茶を淹れよう。そう思って本を置いた。
「あら。丹山(にいやま)君もお茶いる?」
「布瀬さん。来てたんだね」
「ええ。二十分ぐらい前かしら? そういえば、私と入れ違いで瀬羽楡犬(せわゆいぬ)先輩が出ていったわ。生徒会長も四時ぐらいまで会議みたいだし。私はそれまでゆっくりしようと思っていたところ。あなたは読書見たいね」
そう言いながら、布瀬玲奈は俺の前にお茶の入ったタンブラーを置いてくれた。
この部活に所属している現在唯一の同級生で、入学試験を一位で突破。四月初旬のスポーツテストではクラス一位、学年で男女混合にしても三位という成績。中学時代から数々の学生コンクールで賞を取ったと噂される才女。それが布瀬玲奈だ。
俺は少しこの同級生が苦手だ。
正確には距離感を計りかねている。なんとなく軽口を叩けない。お陰で、話す時に言葉が喉に引っかかる。
それにしても、この沈黙はなんとなく居た堪れない。
「ところで、丹山君は誰の作品を読んでいたの? 見た感じ、光文社の古典新訳だと思うのだけど」
そんな気まずさを布瀬さんも感じていたのか、当たり障りのない話題をチョイスしてくれた。
「正解。サン=テグジュペリの『戦う操縦士』だよ」
「意外ね。あなたが教室で読んでいるの、大体海外ミステリだったから、てっきりその方面だと思ったわ」
そう。布瀬は同じクラスだ。だからただ座っているだけであれだけ情報が入ってくる。いくらコンクールで入賞しても、学生側は他校の生徒に興味ない。もちろん、俺はついこの前まで彼女が何者かなんて知らなかった。
「まあね。でも、いろんなジャンルの古典作品に触れることは大事だしな。それに、俺、この人の作品初めてなんだよ」
「それじゃあ、『星の王子様』も読んでないの?」
「お恥ずかしながら。まあ、そういう王道から入ってもいいんだろうけど、たまたま見かけたし、邪道から入ってみるのも悪くはないだろうって思ってね」
「そう。でも、よく考えてみたらそうね。私はサン=テグジュペリといえば『星の王子様』で、他の作品を読もうとしてなかったわ。せっかくだから私も知らない作家の邪道から入ってみようかしら」
彼女のような読み方がまあ理想的だ。代表作はその作家の特徴がよく現れた作品か、一般的評価が高い作品だ。一般的な評価が高ければ、それは多くの人にとって『面白い』作品な訳で、新しい作家を開拓する時に脇道から入るより、魅力を感じやすいだろう。そうすれば好きな作家として推しやすい。
「失礼するわ」
ガラッと音を立ててドアを開けたのは生徒会長の琴乃葉櫂先輩だった。なぜか脇に楡犬先輩がぶら下がっているが。まあ、無視しよう。
「先輩、お疲れ様です」
「お茶入ってますけど、要りますか?」
俺と布瀬さんは話を切り上げた。そして、先輩は楡犬先輩をソファーに転がして俺たちのいる長机の方に来た。
「ええ。いただくわ。全く、瀬羽には手間がかかって仕方ないわ」
布瀬さんがお茶を淹れている間に、俺は楡犬先輩を起こすことにした。
「先輩、さっさと定例会始めましょう」
額をツンツンと小突く。それでも起きなかった。部長が進行してくれなきゃ始まらない。ここは一番楡犬先輩の扱いになれている琴乃葉先輩に頼るしかないか。
「琴乃葉先輩、どうしましょうか?」
「ほっとけば良いんじゃない?」
なんとあっさりした回答。まあ、先輩がそういうならいいか。
「ちなみに、琴乃葉先輩は今日の定例会でやること、知ってるんですか?」
さっきまで座った席に戻りながら先輩に声をかけた。
「私が聞いている限りでは機関紙の構成を決めるらしい。まあ、いつも通りなら八割型決まってるからいいとして、残りの二割は私も知らないわ」
「それじゃあ、その八割について説明していただいても良いですか?」
「そうしましょうか」
布瀬さんの提案でお決まりの部分の説明が始まった。
そもそも、先輩の言っていた機関紙とは文化祭で配るものらしく、ここ四十年はずっと創られているものだそうだ。
肝心のお決まりのコーナーは部員それぞれの年間ベスト本と個人的な観点から見たランキング、三作程度の書評だそうだ。
一部の生徒や教師、OBや親御さんには印象がいいらしい。実際に、例年の機関紙は二百部刷って完売することが多いらしい。それは知らなかった。以前、実績もないとか思ったことは取り消さなければならない。
「さて、いつもなら八月末に印刷所に持っていくから、逆算して終業式までには初稿を上げることになりそうね。八月中盤までに体裁を整えて、残りの期間で誤字脱字をチェックする感じね」
意外と本格的だった。原稿もできたらワープロで書いて欲しいと言っていた。図書室でパソコンの貸し出しができるから、それを使って書こうか。そんなことを考えた。
「さて、あとは瀬羽に任せるわ。ね? 起きてるんでしょ?」
「バレとったか。まあ仕方ないな」
なぜか自信満々な様子の楡犬先輩。というか、起きてたんですね。
「今年は同じ作品を全員で読んで、書評を書き、それをもとに語り合おうじゃないか!」
話を聞くと、その語り合いの様子を録音して文字起こしするそうだ。ちなみに、この書評も載るらしい。マジかよ。
先輩が琴乃葉先輩、布瀬さん、俺に渡したのは古いライトノベルだった。『シアンの憂鬱な銃』という作品。作家の名前も聞き馴染みがない。どうやらこれを書評しろということだそうだ。なるほど。楽しませてもらおうじゃないか!
そんなふうに意気込んで読んだのは渡された日の夜。
結論から言うと、少なくとも俺好みだった。他の二人も好印象を持ったらしい。もちろん、楡犬先輩もこの作品が好きなんだそうだ。
書評会と銘打たれたそれは自分が魅力的だと思った場面の話で終わった。誌面の関係上、二十分ぐらいで切り上げなければならなかった。
それが終わってから、先輩になんでこれを企画したのか聞いてみた。
「だって、私が推し作品を広めなきゃかわいそうじゃん」
そう言われた。推し活と言っても遜色ないそれは、先輩を行動させた理由として納得がいった。全くもって注目を浴びなかった作品がある人が取り上げて注目を浴びる。そんな話をたまに聞く。好きな作品を自分が楽しむだけじゃなく、他人にも知ってもらう。そう言う活動は推し活といって遜色ないのではなかろうか。そして、そうしなければ有名になるのは難しい。
たまに、いい作品はそのうち評価を集めるなんて言っている人もいるが、それは間違いだ。
あるだけじゃなくて、それがおすすめだと勧める人がいて、その情報が広まり、多くの人が手に取らなければ意味がない。そうしなければ評価が集まることなく埋もれていく。先輩は少しでも広められる方法として、ある程度多くの人に読まれる機関紙で取り上げた。しかも、一人だけの評価ではなく、複数人の評価がある。複数人がおすすめだと言うと説得力が増す。何より、四人とも好みのジャンルがあまり被っていない。
ある程度の人は評価する。
それだけでも印象が違う。数だけでなく、本質的な面白さへの保証が増す。
先輩はそれをやりたかったのだろう。
推し活は仲間内だけで楽しむだけでも良い。だが、もっと評価高くても良いのにとか、なんでみんな知らないんだろとか思うのなら、外向けの推し活、つまり、広める推し活もするべきなのだろう。
「それにしても、そんなにいい作品なのに、なんで有名にならなかったんだろうね」
今日はいつかと同じく、俺以外の部員がいなかった。そのかわり、佐々木が来ていた。
「さあな。当時のことは知らないけど、少なくともライトノベルで映える作品ではなかった。そう思う。あれが一般文芸ならまた違っただろうし、同じ月に今も電撃文庫の代表作として知られている作品がいくつも出版されていた。読者層を考えると『買えなかった』人が多かったのかもな。だから広まらなかった。面白さが伝わらなかったのかもしれない。こればっかりは当時の流行とかを知らないとわからない」
「そうなんだ。ハードボイルドだっけ? たしかに、ラノベって感じではないよね」
「まあな。でも、一昔前のライトノベルと言われた作品にはハードボイルドもあったそうだ。どっちにしても、単純に責任を負える人はいない。強いて言うなら、その本を買って好きになっても広めなかった人たちなのかもな。推し活への本気さが違ったら別の未来が待っていたかもしれない」
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