第8話 こんな街に居られるか! 俺は逃げるぞ!


「合格だ」


「…………は?」



 お荷物天使を抱えながら逃げ回った俺は、案の定というか、逃げ切ることが出来ずに捕まった。


 しかも捕まってからもなんとか逃げ出そうと暴れまくった結果、大勢の屈強かつ凶悪な男達に乱暴に取り押さえられ、ボコボコにされてから連行される羽目になった。

 よって今の俺は見るも無残なボロボロ状態である。神力で作った真っ白な服に土汚れが映えるね。ハハハ。



「いやあ、驚いたぜ! ウチの精鋭相手にあの大立ち回り! こんな活きの良い旅人は久しぶりだ!」


「は? なんなん? マジで。キレそう」


「おうおう! それだよ! その目! その反抗心! お前みたいなヤツがオレは欲しかったんだ!」


「俺にそっちの趣味はねぇ」


「安心しろ! オレもねぇ!」



 ガッハッハ! と岩山のような巨躯を揺らし破顔する目の前の男こそが、宿屋に居た俺たちを襲撃した人攫いの首魁らしい。


 名前はゴルレウス。通称ゴリラ。


 なるほど、あの凶悪な人攫い集団のボスなだけあって、悪魔も裸足で逃げ出しそうな人相してるな。お巡りさんコイツです。



「いやだから、オレたちは人攫いじゃなくて冒険者だっての」


「なるほど。この街では人攫いと書いてボウケンシャと読むのか。勉強になったよ」


「おいおいなんて強情なヤツだよ……気に入った!」


「だれかたすけて」



 このゴリラ、何を言っても気に入ってくるんですけど。もうやだ。


 半泣きになる俺の事情などお構いなしに、ゴルレウスはその無駄にデカい声で俺を拉致&暴行した事情を説明してきた。


 なんでもこの街、イースタントは人族の魔境開拓の最前線に位置しており、危険な魔物に対処する為の人材を常に欲しているらしい。

 魔境ってなんやねん。って疑問はひとまず置いといて、そんな危険な街だから優秀な冒険者(危険を冒すイカれた奴らという意味だと思う)はもとい、旅人すら中々やって来ないという。


 そうこうしている内にも凶悪な魔物が草原の向こうからひっきりなしにやってくるため、使える人材が来るのをボーッと待つくらいなら、有望な旅人などを攫って鍛え上げた方が早いというのが近年のトレンドらしい。迷惑過ぎる。


 そして、そう……魔物はの向こうからやってくるのだ。つまり────



「にしても驚いたぜ。の向こうから歩いてきたヤツがいるって聞いたときはな。しかも武器どころか荷物すら持ってないときた。そんな命知らずなことが出来るってのはよっぽどのバカか、相当な実力者……あるいはその両方ってことだからな! こりゃあスカウトするっきゃねぇって思ったワケよ」



 スカウト(物理)ですねわかります。


 そうなのだ。

 俺とエイニーが呑気にテクテクと歩いてきたあの草原は、このイカレタウンの冒険者ですら容易に踏めこめない危険地帯だったのだ。

 素人が侵入すれば命が無いどころか、骨や髪の一本でも残れば良い方だという。


 え? あそこそんなにヤバい場所だったん? 魔物とか全然見掛けなかったんですけど?

 と、最初は思ったのだが、よくよく考えれば心当たりはある。

 あのクソ女神が、狼の群れを追い払った謎の力だ。

 あれが例えば魔物避けの奇跡のようなもので、そのお陰で街に着くまで魔物に襲われなかったと考えれば辻褄が合う。


 つまり、あのクソ女神のせいで俺達は強い旅人と勘違いされて、人攫い集団に狙われてしまったという訳だ。クソが。



「ま、単に運が良いバカって可能性もあるから、とりあえずスカウトがてらお前らの実力を試したが──合格だ。ようこそイースタントの冒険者ギルドへ。歓迎するぜ!」


「待て待て勝手に話を進めるな! 俺はマジで大して強くないからスカウトしても無駄だって考え直した方がいいって!!」


「何言ってんだ? ウチの精鋭にケツ追われてあんだけ逃げ回れるヤツなんざそうそういねぇよ。お前は間違いなく『こっち側』だ。なぁ?」


「やめてーー!! 俺をこんな蛮族共と一緒にしないでーー!!」


「ガッハッハ! クソ失礼だなお前! 気に入った!」



 ああ言えばこう言う。

 いや違うな、何言っても話が通じない。

 そんなゴルレウスとの問答とも呼べないナニカは、ガリガリと俺の神経を擦り減らしていく。


 一応、メリットがないわけではない。

 危険な分、身入りは良い。

 討伐した魔物の売却金や周辺地域からの支援によって、この街の予算は非常に潤沢である。


 先立つものが必要な俺達にとっては、この上なく好条件な職場であるといえる。

 無論、その危険度に目を瞑れるのであればだが────



「どの道、俺達にはろくな選択肢がない。なら、危険を承知で稼げるだけ稼いだ方がまだマシか……」


「おう! 物分かりが良いヤツは好きだぜ! 気に入った!」


「それはもういいって……」


「任せとけ! 俺がとびっきりの仕事を回してやるからな! よろしく頼むぜ、旅人のあんちゃん!」


「…………ああ」



 ものすっっっごく苦い顔をしながら、俺は差し出された手を嫌々握る。


 結局の所、この街に居る限りどこへ逃げても大差ないということで、俺は自身の強化と情報収集の意味も兼ねて、このスカウトを受けることに決めた。


 気が進まないとはいえ、仕事は仕事だ。

 俺がこの世界で生き残るためにも、今後はイースタントの冒険者として全力で頑張っていこう。


















「────とでも言うと思ったかバァーーーーーカ!!」



 時刻は深夜。


 俺は拉致監禁されていた冒険者ギルドからこっそり抜け出すと、街の外壁へと向かって全力で走り出した。



「あんなイカれ野郎共に付き合ってたら命が幾つあっても足らねぇよ! やってられるかってんだ!」



 小物感丸出しのセリフを吐きつつ、俺は真っ暗な住宅街の裏路地を滑るように移動していく。


 メリット? 稼げる? 知るかボケ!!

 リスクと見合ってねぇんだよ! こんな街で死ぬ危険を冒すくらいなら他の街に逃げるわ!


 という訳で、今の俺は深夜の街中を疾走中。

 全身をフルに使い、ただ走るだけでなく壁や屋根の上も移動することで、外壁への最短経路を進んでいく。


 え? エイニーはどうしたかって?


 知らん。


 たぶん冒険者ギルドのどっかに居るんだろうが、探している余裕が無かったからな。

 そもそも、お荷物天使を抱えて逃げ切れるほどこの街は甘くない。心苦しいが、彼女には俺が生き延びるための尊い犠牲になってもらおう。


 さらばエイニー。世話になったな。お前のことは忘れないぜ!


 そう、心の中で祈りを捧げた。



「────あっち! あっちに居ます! 回り込んでください!」


「はあ!!?」



 とか思ってたら、背後の暗闇から聞こえるはずのない声が聞こえてきた。



「嘘だろ!? なんでここに……いや、そもそもお荷物天使を捨て去った俺が何故追い付かれる!?」



 エイニーが追いかけてきた。

 そしてこの足音。間違いなく他のヤツらも一緒に来ている。


 その事実に気付いた瞬間、俺の全身から冷や汗が滝のように吹き出してきた。


 まずい! マズいマズいマズい────



「まったく、私を置いて逃げようだなんて……こんなこともあろうかと、こっそりパスを繋いでおいて正解でした!」


「ざっけんじゃねぇあのアホ天使! やりやがったな!」



 背後から告げられる衝撃の事実に、俺は憤りながら悪態をつく。


 理屈は分からんが、俺は知らぬ間に銀髪天使との繋がりパスを付けられていたらしい。


 たぶんこのパスがある限り、俺はどこへ逃げてもあいつに居場所がバレるのだろう。最悪すぎる。



「あっ! 見つけました!」


「ガッハッハ! 観念しな兄ちゃん! 俺達はしつこいぜぇ!」


「クソがッッ!!」



 曲がり角の先は行き止まり。

 背後には天使 on the ゴリラ。

 屋根の上には無数の人影。


 あ、ダメだ。

 完全に詰んだわこれ。

 ご愁傷様です。



「ぜぇったいに逃がしませんよ………地獄への片道切符は貴方とのペアチケットですぅ!!」


「ぎゃぁぁああああああああ!!!!」



 こうして、俺の決死の逃避行はあえなく失敗に終わった。


 その後も再三に渡って逃亡を試みたが、その全てを阻止され、ボコボコにされ、ようやく観念した俺は、今度こそ本当の意味でこの街の冒険者として働くことを決意させられたのであった。

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理不尽と不条理あふれるこの世界から逃げ出します 餅頭 @mochihead

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