第7話 頼むから休ませてくれ


「ざっけんなコラァァアアアアアアッッ!!!!」



 レンガや木で作られた建物が立ち並ぶ、中世風の街イースタント。その中央にある大きな通りには、水捌けの良い石畳が敷かれ、人や馬車などが行き来しやすいように丁寧に整備されている。

 また、大通りの左右には食べ物や装飾品など、さまざまな商品を扱う露店がいくつも並んでおり、それらを訪れる人々で大いに賑わっていた。


 そんな華やかで美しい街並みの中を、必死の形相で駆け抜ける全くもって美しくない男が一人。



「ヒィイイッ!! き、来てますっ!? 来てますよぉ!!」


「うっせぇ言われなくても分かってるわ黙ってろ!!」



 男は銀髪の美少女を抱えたまま懸命に走り、背後から迫る複数の人影を必死に引き離そうとする。だが両腕を塞がれているせいか思うように走れず、中々距離を離すことができない。


 焦れた男は、今走っている大通りから脇道へと進路を切り替え、入り組んだ裏路地で追っ手を撒こうと画策する。

 すると突然、男のすぐ後ろの地面が爆発し、衝撃と土埃が彼の背中を襲った。



「ぐぁぁああああああッッッ!!!」


「きゃああああああああ!!!」



 絶叫。悲鳴。転倒────。


 思わず抱えていた少女を手放し、身体のあちこちを強かに打ち付けた男は、その一瞬で背後の人影に追いつかれ包囲されてしまった。



「くっ……そが……」



 男は全身の痛みを堪えながら、それでも何とか立ち上がり、逃走を続けようと試みる。


 だが、そんな男の顔に影が落ちる。

 見上げると、剣やナイフなどの凶器を手に持ち、下卑た笑みでこちらを見下ろす人相の悪い男達が彼の視界に入った。



「っ…………なん、だよ」



 逃げられない────。


 そう悟った男の顔が恐怖に染まり、噛み合わない歯の間から声が漏れる。そして。



「なんなんだよ!!! このクソみてぇな街はぁぁああああ!!!」



 この世の理不尽と不条理を嘆く悲痛な叫びが、イースタントの裏路地に響き渡った。





○○○





「という訳で! 何よりもまず、この世界のルールを把握するべきです!」


「はあ」



 俺こと佐藤タケルと銀髪天使のエイニーは、街の中に入ってからまず宿をとり、そこで今後の方針について話し合うことにした。


 え、宿の代金はどうしたかって?


 なんか宿の受付で手持ちがないって話をしたら『出世払いにしときますよ! ようこそイースタントの街へ!』とか言われて部屋の鍵を渡された。正気か?

 この時点でもう嫌な予感しかしなかったが、かといって野宿も嫌なので大人しく部屋に向かった。色んな意味で不気味すぎるので、早めに稼いでツケを払って、いつでも逃げられるようにしなくては……。


 と、話が逸れたな。


 ともかく、情報を集めるにしても金を稼ぐにしても、それらの方針、達成すべき目標を先に決めておく必要がある。

 ではまず、何を最優先に行うべきか……という話の流れで出て来たのが、前述のエイニーの発言である。

 ルールってなんぞ? いやまあ、なんとなく分かる気もするが……。



「神々が創造・管理する世界には、多種多様なルールが存在します。分かりやすい例だと、レベルシステムですね。経験値を稼ぐことでレベルが上がり、肉体や精神が強化される……そういったルールを採用している世界は多く存在します。また他にも、魔力という力で魔法やスキルという技能を扱えるなど……とにかく、世界の中にある存在は、その世界のルールに縛られます。故に、私や貴方の生存確率を上げ、セラフィナ様にお与え頂いた使命を果たすためには、何よりもまずこの世界のルールを正確に把握する必要があるのです。ここまではいいですか?」


「長い。3行で」


「え!?」



 なんか頑張って解説してるけど、ダラダラ喋ってて分かりにくいので3行にまとめさせる。

 こういう説明はまず簡単な結論から入って、少しずつ深掘りしていくのが基本だからな。初めから詳しく説明したところで、理解する前に最初の方の内容忘れるし。


 という感じのことを銀髪天使に言ったら、しどろもどろになりながらも頑張って要約してくれた。



「……その、こう……この世界がドラ◯エなのかポ◯モンなのかマイン◯ラフトなのかで、効率的なレベル上げの方法は変わります……よね? そんな、感じです」


「なるほど理解した」


「良かったです……」



 要約しすぎて原型がほぼないけど、まあ分かりやすくなったから良しとしよう。シンプルイズベスト。

 心なしかげっそりとしたエイニーに対し、その後もちょこちょこツッコミを入れながらも、大まかな話の流れと彼女のやりたいことを理解することができた。



「分かった。つまり俺はピ◯チュウを探せばいいんだな?」


「全然分かってないです!?」


「冗談だ。ようは俺とお前の使命を果たすために、手っ取り早く強くなる方法を探したいってことだろ?」


「分かってるならふざけないでくださいよ……」



 俺はあのクソ女神ことセラフィナに、この世界における使命を与えられた。

 まあ使命といっても『災いがシャワーのごとく降り注ぐけど頑張って逃げてね。ファイト☆(意訳)』って感じだし、それって使命なん? とは思う。

 どっちかといえば、デスゲームの主催者みたいな悪意ある愉悦を感じなくもない……いや絶対そうだ。あいつは絶対に面白がってやっている。何故ならクソ女神だから。


 という訳で、俺としてはクソ女神に与えられた使命を果たすなんて断固拒否したいところではあるが、かといって死ぬのはもっと嫌なので、仕方ない。生き残る方法を考えるか……という感じである。

 エイニーもエイニーで、なんか女神から『佐藤タケルの使命をサポートしてちょ☆(意訳)』という使命を受けているらしいので、その点に関しては利害が一致してるといえる。まあ利害っつーかほぼ害しかないけどな。俺にとっては。



「だけど……いいのか? なんかそういう『世界の秘密』的なメタい話って、天使とかはあんまり話すべきじゃないイメージがあるんだが」


「あー……確かにそうですね。世界の事情によっては、使命を与えられた人──仮に勇者としましょう。勇者に与えてよい情報が制限される場合はあります」


「なら、俺の場合は違うのか」


「はい。特に制限はないみたいですね。私みたいな一介の天使ごときが神々の制約を破ることなど不可能なので、正真正銘の情報フリーパスですね」


「ふーん。まあ助かるっちゃあ助かるけど」


「はい。……あ。でもその代わり、今の私は大した情報を持ってませんけどね! セラフィナ様にもなーんにも言われませんでしたし! あははははっ! はは……は……あの、なんで笑わないんですか? 笑うところですよ、ここ……ねぇ……笑って……笑えよッ!! 神々に捨てられた哀れな私を!! 好きなだけ笑えばいいじゃないですかぁぁあああ!!!」


「うっせぇ近所迷惑だ」


「むぎゅっ」



 いきなり笑って怒ってギャン泣きし出したエイニーの後頭部を掴み、ベッドに叩き付けて強制的に黙らせる。

 情緒不安定にも程があるだろこの駄目天使。


 まあ、女神がこいつを捨て……置いていく発言した辺りから察せる通り、こいつの存在はかなりアドリブっぽい。なので事前の説明とかろくにされなかったらしい。

 よって今のエイニーはこの世界に関する情報をほとんど持っていない。それこそ、記憶喪失転移者の俺と大差ないくらいに。

 それでも、無いよりはマシ……いや実際、俺としては割と助かる存在ではあるが、それを言うと調子に乗りそうなので黙って窒息させておく。


 こいつでも知ってる神々の一般常識とかは、まあ後々聞いていけば良いだろう。今全部聞き出そうとすると、『用済みになったら捨てる気ですか!?』とか変に拗れそうだし……。



「はぁ……はぁ……殺す気ですか!?」


「え? 死ぬの? 天使って」


「やっぱりサイコパスですよね貴方!?」


「まあそんなことより……」


「そんなこと!?」






「────あれ、どうする?」


「え?」



 俺が視線を向けた先、この部屋に唯一存在するガラス張りの窓の外。

 そこには、1ヶ月ぶりに獲物を見つけた餓えた獣のごとく、荒い息を吐きながらギラついた瞳をこちらへと向ける複数の影が…………。


 いや、もう誤魔化すのはよそう。



「ハァ……ハァ……も、もう我慢出来ねぇ」


「良いよな? もう良いよな? やっちまっていいよな?」


「焦るんじゃねぇ。まずはゆっくりじっくり……退路を断つんだ。逃げられねぇようになあ……キヒヒッ」


「逃がすもんかよ。ようやくこの街に来た旅人だぜ? 丁重におもてなししてやらねぇとな……」


「ああ、懐かしいな……俺も最初は何も知らない旅人だったっけか」


「それが今じゃあ、すっかりオレらの仲間入りってワケだ! ツイてねぇな!」


「違ぇねぇ! ギャハハハハッ!」



 どう見ても人攫いか強盗にしか見えない地獄のような人相をした屈強な男達がナイフや剣といった凶器をチラつかせながらこちらを品定めしておりますついでにドアの外にもヤバい気配がしますどうやら詰みのようですありがとうございました。



「え……あれ、私だけに見えている幻覚じゃなかったんですか?」


「エイニー。お前の頭がこの上なく残念なのは事実だが、今回ばかりは現実だ。本当に残念ではあるが」


「いやそこで私に追い打ちをかける必要あります!?」



 いつ頃からコイツらが居たのかというと、割と最初の方からだ。たぶん、宿屋の主人辺りから情報が漏れたんだろう。

 あまりにも直視し難い現実だったため、これまでの会話では意図的に視界から外していたのだが……いつまでもそうしている訳にはいかない。

 ここで捕まってしまった場合、この世界で生き残るという俺の目的が早くも頓挫しかねないからだ。それくらいヤバいオーラをコイツらから感じる。


 っていうか、チラッと聞こえた会話から察するに、ここで捕まると洗脳されてコイツらの仲間入りするってことだよな? 怖ッ! なんだよこの街!? 人間の皮を剥いで被った悪魔が住んでる街と言われても納得するレベルでヤベーぞ!?



「でも、逃げるって言ってもどうやって……」


「そこでお前の奇跡だ。短距離転移は使えるな?」


「え? いや、その……ほんのちょびっとだけですよ? ここから逃げ出せるほどでは……」


「十分だ。屋根の上に転移しろ。そこからは俺の足で行く」



 そう。俺はこいつが神力とやらで転移……もとい瞬間移動の奇跡を使えることを事前に確認していた。


 いや、使えるというか、使えても数メートルだし使ったあとぶっ倒れるのが確実なので本人は使えないと申告してたが、『本当に使えないんだな? 1ミリも転移出来ないんだな? 嘘付いたら草原のど真ん中に捨ててくぞ』と聞いたところ『使えますぅ……』と涙目で答えたので使える。何も問題はない。


 この神力による転移は保険および最終手段のつもりだったが、他に手段もないので遠慮なく使わせて貰おう。

 窓の外もドアの前もヤバいため、屋根の上に転移してから走って逃げる。全力で。



「分かりました。じゃあ……ん」


「なんだよその手は」


「抱っこ」


「は?」


「転移した後、神力枯渇で私は動けなくなります。なので、抱っこ」


「……いや、走って逃げるんだからせめておんぶに」


「嫌です!! おんぶだと後ろから刺されたときに私が助からないじゃないですか!!」


「てめぇ……」



 銀髪天使が心底ふざけたことをのたまうが、もはや口論する時間すら惜しいので黙って抱き上げる。見た目通り体重が軽いのがせめてもの救いか。



「あ、ちょっと! あんまりお尻触らないでくださいよ! ヘンタイ!」


「………………」



 万が一のときはこいつを投げ捨てて囮にして逃げよう。

 俺はそう固く誓った。



「でも……本当に逃げ切れますか? ここから見えるだけでもかなりの人数ですよ」


「任せておけ。俺はあの狼の群れから生き延びた男だぞ? これくらい余裕だ」



 俺がそう言って笑みを向けると、エイニーは安心した様子で転移を発動させた。


 目の前の景色が切り替わり、腕の中の銀髪天使から力が失われるのを確認した俺は、両足に目一杯の力を込めて走り出す。


 背後から怒号が聞こえる。俺が部屋から逃げ出したことに気付いたようだ。


 だがもう遅い。


 俺は背後の人攫い集団を置き去りにし、まだ閉じられていない街の門に向かって全力で駆ける。


 そして────。
















「やっぱり無理じゃないですかぁ! 嘘つきぃ!」


「うるせぇえええ!! お荷物天使は黙ってろ!!!」


「酷い!?」



 冒頭に戻る。



─────────────────────

狼の群れから生き延びた(逃げ切れたとは言っていない)。なのでまあ……捕まりますね。


とはいえ現在の彼も、お荷物(天使)を抱えてぴょんぴょん屋根の上を走れる程度の身体能力はあります。それについてはまた後々。

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