第6話 天使に露出趣味は……

 草木の茂る、青々とした草原。

 暖かな日差しが降り注ぎ、爽やかな風が吹き抜ける。

 そんな長閑な景色の中、黙々と歩みを進める人影が二つ。


 一つは銀髪の天使ことエイニー。

 回復の奇跡を司る彼女は、今は神力が少ないためか、天使らしく羽を出したり宙に浮いたりはせず、自らの足で前へと進んでいる。


 もう一つは黒髪の人間こと佐藤タケル。

 女神によってこの世界に連れてこられ、理不尽な使命を与えられた彼もまた、己の身一つでこの広い草原を歩き続けている。


 そんな彼らの様子には、先ほどまでと異なる点が三つある。


 一つ目は、並んで歩いている二人の距離がやけに離れていること。


 二つ目は、ほぼ全裸だったはずの佐藤タケルが、今は隣の天使とお揃いの白い服を着ているということ。


 そして三つ目は────





「なあ、エイニー。そろそろ──」


「うるさい! 近寄らないでくださいこのケダモノ!」



 俺、佐藤タケルの右側の頬に、ヒリヒリと疼く大きな赤い手形が付いていることであった。



「貴方のような愚物に少しでも気を許した私が馬鹿でした! いくら美しいとはいえ、まさかこの私の身体を穢そうとするなんて……ッ!」


「いや、だからそれは誤解だって────」


「黙りなさいッ! 貴方、自分が一体何をしようとしたのか分かっているんですか!?」



 ピニャーッ! という威嚇の声を上げながら素早く後ずさり、自分の肩を強く抱きしめるエイニー。

 前回、俺が彼女に自分の身体を隠すための服を借りようとしたところ、言葉足らずだったせいで色々とあらぬ誤解を受けてしまったのだ。



「だから悪かったって。これから人と会うかもしれないのにあの格好はマズいし、お前に服を借りるしかなかったんだよ」


「だからって私の服を剥ぎ取ろうとしますか普通!?」



 エイニーは俺が話しかけたり近付こうとする度に遠ざかるため、さきほどからどんどん距離が離れていっている。そろそろ普通に会話するのも困難な距離になるため、いい加減に機嫌を直してもらいたいところなのだが。



「それはほら、絵画に描かれてる天使って大体裸だし、別に服とか無くても大丈夫かなって」


「そんな訳ないでしょう!? 誰が好き好んで肌を晒すものですか! 貴方とは違うんですよ!」


「俺だって好きで裸になってた訳じゃねぇよ!」



 繰り返すが、俺に露出趣味はない。

 俺があんな姿になったのは狼とクソ女神のせいだ。そこだけは訂正させてもらう。


 そんなことを言いながら、俺はなかなか怒りが収まらないエイニーを、なんとか宥め、近付こうとする。しかし。



「そんなこと言って、どうせ私に乱暴するつもりだったんでしょう! エ◯同人みたいに! エ◯同人みたいに!」


「いや、どちらかというと羅生門みたいにだが」


「もっと最悪です!?」



 もっと遠ざかってしまった。


 まあ、なんだかんだいって、彼女のなけなしの神力で俺の服とか靴を用意してもらう事は出来た。だから本気で怒ってる訳ではないとは思う。

 いや、怒ってるのか? 俺に置いてかれたら困るから渋々着いてきてるとか……まあどっちでもいいか。


 ともかく、一悶着も二悶着もあったが、ひとまずこれで俺はまともな服を得ることが出来た。ただ、あまりにも白いので別の意味で違和感があるが……それでも全裸よりは何百倍もマシだ。

 まだまだ不安要素は多いものの、現地人と出会って即逮捕、という運命は回避出来たといえる。まさにエイニー様様である。悔しいので口では言ってやらないが。


 結局、彼女が機嫌を直し、まともに会話が出来る距離に戻ってくるまで実に数時間は掛かったのであった。






「お、やっと見えてきたな」



 何十キロメートルも歩き続け、前方に小さく見えていた山がいつの間にか見上げる高さになった頃、ようやく人の住む、街らしきものの影がはっきりと見えてきた。


 いや、厳密にはもっと前から見えていたのだが、米粒のように小さくしか見えなかったので、確信が持てなかったのだ。


 だが、ここまでくれば流石に見間違えようもない。俺達の進む先には、確かに石造りの外壁と門に囲まれた大きな街があったのだった。


 俺とエイニーは街の門の前にたどり着くと、門の横に立っていた衛兵らしき人物に近付き、話しかける。



「やあ、こんにちは。通っていいかな」


「ああ。……ん? 草原から歩いて来たのか?」


「ああ。旅の者でね。遠くからこの街が見えたから、立ち寄ってみようと思ったんだ」


「そうか。ふむ……」



 俺の返答を聞き、衛兵は顎に手を当てて何やら考え込む。


 まあ、裸ではないとはいえ、どうあがいても俺達の見た目が怪しいのは事実。お揃いの白い服を来た若い男女が、何もない草原の向こうから歩いて来たのだ。

 荷物も何もないし、時間が時間なら、幽霊なんかと間違われても仕方ない。つまり、全く怪しまれないのは不可能。


 ならいっそ、常識知らずの変な旅人という設定で、何を聞かれてもゴリ押すつもりだった。だが。



「どうした? 悪いがここらの常識には疎くてね。何か気になることでも──」


「ん? ああ、すまんな。通っていいぞ」


「あれば……え?」



 あっさりと通れてしまった。



「え? いいのか? なんかこう、身分証とか通行料とか……」


「あー、いや。この門は別にそういうのじゃないし、誰でも入って構わんぞ」


「そうなのか?」


「ああ。この門は外敵……というか魔物の侵入を防ぐためのものだからな。だから魔物は通さないが、人が通る分には何も問題ない」



 結構緩い感じなんだな。

 色々と考えてた割に拍子抜けではあるが、楽に通れるに越したことはない。


 …………天使は人のカテゴリに含まれるのだろうか。


 ふとそんな事が頭によぎるが、あえて口にすることでもないので黙っておいた。



「それに、そこの草原を通ってきたということは、それなりの腕があるということだ。であれば尚更歓迎だ。この街はからな」



 なにやら衛兵が気になることを言っているが、とりあえず今は街に入ろう。日も傾いているし、早く今晩の宿を探す必要がある。


 俺達は軽く会釈し、目の前の大きな門を通り抜ける。そして。



「だから旅の人。ようこそイースタントへ────楽しんでいってくれ」



 衛兵のそんな言葉を背に、この世界で初めて見る街に足を踏み入れるのであった。



─────────────────────

第一異世界人発見! お待たせいたしました。

ちなみに、もしタケルがエイニーの服を羅生門した場合、彼はピチピチの女児ワンピースを着た裸足の変態とみなされ即捕縛されていました。危なかったですね。

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