第5話 俺に露出趣味はない

 とにもかくにも、この広大な草原のど真ん中から移動しないことには何も始まらない。

 そう考えた俺────佐藤タケルと銀髪天使のエイニーは、とりあえず遠くに山の影が見える方向に進んでみる事にした。



「なあ、こっちで合ってるのか?」


「知りません」


「さっきの狼とか、ヤバそうな生物は近くに居るのか?」


「知りません」


「そもそも、ここはどういった世界なんだ?」


「知りません」


「いい加減にしろや! いつまで拗ねてんだお前は!」


「拗ねてません! 本当に知らないんですってば!」



 少しでも情報を得るため、歩きながらエイニーにあれこれ質問してみたが、何を聞いても「知りません」の一点張り。

 この駄目天使は、人のこと何も知らないとか馬鹿にした癖に、自分も大した情報は持っていないのだった。マジで使えねぇ。



「じゃあ逆に何なら知ってるんだよ」


「えーっと……私は可愛いです!」


「よし。指一本な」


「何の数ですか!?」


「え? 折る」


「いや『折る』じゃないですよサイコパスですか貴方は!」



 冗談だ。彼女があまりにふざけたことを言うから、ついイラッとして心にも無いことを口にしてしまっただけだ。


 俺が笑いながらそう言うと、エイニーは狂人を見るような目をこちらに向ける。



「あ、そうだ。あれなら流石に知ってるんじゃないか」


「…………な、何ですか」



 エイニーが身構えながら後ずさりをする。



「あれだよ。さっき俺のこと治療してくれただろ。あれってどういう原理なんだ?」


「え? ……ああ、なるほど。奇跡の事ですね!」


「あーやっぱり奇跡なのかあれ」


「そうです。私があなたに施したのは、我々天使にのみ許されたとても有難い奇跡であり────」



 俺の質問を聞いた彼女はポン、と手を叩くと、得意げな顔でペラペラと解説し始めた。


 さっきまでの無知っぷりはなんだったのか。というくらい、饒舌になる銀髪天使。自分の答えられる質問が来たのがよほど嬉しかったらしい。



「つまり、エイニーはその神力とやらを使った奇跡で俺の身体を治療してくれたってことか」


「その通りです。感謝してください!」


「ああ、助かったよ。ありがとな」


「………………」


「……なんだよ」



 エイニーは生意気な天使ではあるが、瀕死の俺を助けてくれたのは事実だ。

 そう考えた俺は素直にお礼を述べる。


 すると、エイニーは何やらポカンとした表情でこちらを見つめてきた。



「いえ、その。そこまで素直に感謝されるとは思わなかったので」


「どういう意味だよ。……まあ、あれだけの怪我を治してもらったんだ。そこを否定するほど捻くれちゃいねぇよ」


「そうですか……ふふん。ようやく私の素晴らしさが理解できたみたいですね! もっと敬いなさい!」


「うっせぇ調子に乗んな駄目天使」


「あれぇ!?」



 とか言ってたら、なんかすごくウザいドヤ顔をしだしたので、調子に乗るなと釘を刺しておく。

 こいつが俺を治療をしてくれたことは認める。が、それはそれとして今まで散々馬鹿にしてくれたことは忘れてないからな。


 思っていた反応と違う。という表情をするエイニーに対し、俺は質問を続ける。



「それで、あの奇跡はあとどれくらい使えるんだ? 他には何が出来る?」


「……えっと、奇跡は基本なんでも出来ます。ただし、大掛かりな奇跡や、あまり得意でない奇跡は多くの神力を消費しますので……」


「今は治療くらいしか出来ないと?」


「……ええ、まあ、はい。そんな感じです」



 エイニーの話によると、天使はそれぞれ自分が得意とする奇跡があり、それ以外の奇跡はあまり使わないらしい。

 彼女が得意なのは修復や治療といった回復系の奇跡。

 瞬間移動とか、雷を落とすとか、そういう事も出来なくはないが、かなりの神力が必要なので今は無理だという。



「なるほどな。まーあの奇跡だけでも十分すごいし、贅沢は言えないか」


「…………」


「で?」


「はい」


「神力の残りは?」


「…………」


「エイニーさん?」


「……………………です」


「ん?」


「…………すっからかんです」



 目を逸らし、冷や汗を滝のように流しながら小声で呟く銀髪天使。



「そうか。まあ、なんかそんな気はして────」


「捨てないでください!」


「うおっ!?」



 俺が頷こうとした瞬間、彼女は悲壮な表情を浮かべながら足元に縋り付いてきた。



「あの! 今はほとんどないというだけで、あとでまた使えるようになりますから! パスを通して少しずつ神力は回復してるのでさっき貴方に使った奇跡くらいならすぐに使えるようになります! そ、そうです。私は回復の奇跡を使いこなせる超優良物件なんですよ!? この世界に転移したばかりで右も左も分からないあなたにとって怪我をしても治すことが可能であるということは肉体的にも精神的にもメリットがあってつまりここで私を捨てるなんていうのはそのアドバンテージをみすみす捨てる愚かな行為いや待ってください貴方を馬鹿にするつもりはないんです違うんです許してください捨てないでくださいお願いします────」


「だああああ分かった! 分かったから一旦手を離せ脱げる脱げる脱げる!」



 立板に水、というか激流の勢いで必死に弁明するエイニーを俺はなんとか落ち着かせようとする。

 何がヤバいって、こいつが縋り付いている場所が俺の腰布なのだ。グイグイと遠慮なく引っ張ってくるこいつを止めなければ俺は真の裸族になってしまう。冗談ではない。俺に露出趣味はないんだ。


 そもそも、俺は別にこいつを捨てるつもりはない。そういった認識の食い違いを正すため、何度も丁寧に説得することでようやくそれを納得させた。



「ぐすっ……ほんとですか?」


「本当だよ。っていうか泣くなよこれくらいで」


「すみません……こんなに神力を失ったのは初めてだったので、その、怖くて……不安で」



 女神に捨てられ……もとい置いていかれたことがよほどショックだったらしい。その上、俺にまで捨てられるんじゃないかと思ってパニックになったのだという。

 神力不足による喪失感から、今のエイニーの情緒はかなり不安定になっているようだ。


 さすがに、こんな状態の彼女に追い打ちを掛ける気にはならない。

 それにさっきは勢いでああ言ったが、よくよく考えれば俺がこいつを置いて一人で行くメリットはない。

 存外、俺も冷静ではなかったみたいだ。怒りやら何やらでかなり荒れてたしな。


 結論。なんもかんもあのクソ女神が悪い。



「ま、確かにお前の言う通り、怪我をしても治せる奇跡があるのは心強いっちゃあ心強いよな。うん」


「…………心強い、ですか? ……そ、そうですね。そうですよね。その通りです! たとえ貴方のような貧弱な人間でも、この私の奇跡があれば百人力ですものね! ふふん! どうぞ遠慮なく頼ってくださっても構いませんよ!」



 うん。


 薄々気付いてたけど、こいつめっちゃチョロいわ。


 少々生意気ではあるが、ちょっとおだてるだけで機嫌が直るこの単純さ。今後の関係次第では、かなり有用な存在になってくれそうだ。


 さしずめ今の彼女は俺にとって、繰り返し使える便利な回復薬エリクサーという所だろうか。俺の安全のためにも、是非ともその力を存分にふるって貰おう。


 え、こいつ自身の気持ち? 知らん。



「そうだな。そんな頼りになるエイニーに、ひとつ頼みたいことがあるんだが」


「え? なんですか? 頼み? ふふふ。まったくもう仕方ないですね! 普通なら貴方のような下民が口をきくことすら畏れ多い私ですが、まあでも今は少し気分が良いので、特別に? 聞いてあげても? いいですけどぉ?」



 うぜぇええええええ。


 めそめそ泣かれるのも鬱陶しいが、調子に乗られるのもまた腹立たしい。


 だが、この程度で一々キレてたらキリが無い。だから俺はそんな感情をおくびにも出さず、表面上は笑顔で会話を続ける。



「ありがとう。じゃあ早速お願いしてもいいかな」


「どうぞ! この天才美少女天使にお任せ下さい!」



 ブンブンと。


 揺れる尻尾を幻視するほど上機嫌な彼女に、俺は「お願いごと」を告げる。そして────









「そうか。なら────今すぐ服を脱げ」


「分かりま………………………………え?」



 空気が凍った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る