健やかなるときも 病めるときも
洞貝 渉
健やかなるときも 病めるときも
無料配布に群がるのはにわかでしかない、と言う人もいるけれど、私はそうは思わない。無料・有料・限定に関わらず、全てをどん欲に受け止めてこそ本当の信者というものだ。
だから、私のROOMには、30を超える推しがいる。
初期スキンの、まだどこかとんがっていた頃の推し。
リアルとの同期を限定解除できるようになってきた時にパーツを総入れ替えして、面影は残しつつ全く別のアバターになった頃の推し。
筋トレ信者だったのに、ほんの一時期だけアンチ筋トレというよくわからないスタンスを取っていた頃の推し。
その他、エトセトラの推したち。
私は推しをもっと広く気軽に知ってもらいたくて、推したちがいるROOMの一部を開放していた。さすがに限定の、もう手に入らない推したちは隔離しているけれど、それでも10を超える推したちと会って直接交流できるのは、公式ROOM以外では私のROOMくらいなものなんじゃないかと自負している。
*
メタバースに対して懐疑的だった。
自分のコピーを作るだなんて、そんなこと。
ただのアバターなら、まだわかる。リアルの自分の能力を元に作り上げた、自分で動かす、仮想空間内のもう一つの自分だから。……とはいえ、それだって所詮はまがいものだろうと思っていたけれど。
最初はゲームなどでごく一部で娯楽として利用されていたのが、様々な社会情勢の影響で、学校や会社でも利用されるようになった。
娯楽の仮想空間とは違い、公的な場で作成されるアバターはある程度リアルの自身に即したもの。身長・体重・性別等はもちろんのこと、身体能力や技能・技術に至っても、リアル以上のものはなかった。
わたしがよく利用しているのは、ゲームなどの娯楽と職場や学校などの公の中間、SNSなどのカジュアルな仮想空間だ。
登録すると、専用のアバターとROOMと呼ばれるアカウントを作ることができる。
ここで使うアバターはリアルのデータが基盤になるけれど、課金で出来ることが少し増える。それをうまいこと使ってフォロワーを増やし、グッズ販売やROOM閲覧や動画閲覧から発生する広告などで収益化することも可能で、とても自由度が高い。
課金の一つに、アバターの操作時間や行動など、一定条件をクリアすれば蓄積されたデータを元にAIで自分のアバターのコピーを作れるようになる、というのも含まれていた。
アバターの側だけではなく、中身もそっくりなもう一人の自分。
考えると少し怖いが、要は一定の情報の中からデータを厳選して作った劣化コピーでしかない。アルバムに張りつけられた写真の中の自分のように、“その瞬間”からはみ出ることはないので、できることもたかが知れている。
しかし、それがよかったようだ。
課金して、反映させる期間を区切って作った複数のわたしの劣化コピーたちは、思いの外に売れた。
あの頃の推しはこうだった、なんて昔のコピーをありがたがってくれて、わたしとしてもいい稼ぎになってありがたい。
コピーの中には、バグなのか反映させているデータに偏りがあるのか、明らかにわたしではないアバターも混じっている。それでも、ファンを名乗る有象無象はこんなレアな推しと交流できて嬉しいなどと言って、むしろいい値で売れていた。
あ、またコピーの中にバグアバターが出来上がっている。
ニヤニヤが止まらない。
病んだわたしの劣化コピーを数量を限定して、予告なしで売りに出す。
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
売りに出した瞬間、まずは一つめのコピーが売れた。
*
定期的に無料配布している推しが、予告なしに限定販売を始めた。
私はもちろん、即決で買い求める。
推しのことはたくさんの人にも知ってもらいたい。
でも、できれば一番推しに詳しいのは私でありたい。
だから今購入した推しは隔離ROOMで愛でる。
全ては無理でも、推しのことならなんでも知っておきたい。
知っておかなくてはいけない。
これはきっと私の使命だ。
これはきっと私の愛だ。
推しに対する、私の真心の形。
新入りの推しが隔離ROOMに入った。
今回の推しはどんな子だろう?
私はニヤニヤが止まらない。
「いらっしゃい。真心を尽くして、大切にするね?」
健やかなるときも 病めるときも 洞貝 渉 @horagai
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