現代恋愛短編「〇束を貴方だけに」

西城文岳

本編



 大都会の夜、ビルの谷間の底に隠れるように点在する居酒屋の一間で二人の男女が集う。


「やぁ、待った?」

「いいや、待ってない。ちょっと前に着いたばかりさ」

「そっかぁ!じゃあ早速飲もう!」


 僕の前に座る彼女は明るく朗らかにはにかみ、座席につく。だがその声はいつもより憤るように声色が強い。

 彼女とは同じ学部でたまたま同じサークルに所属しているよしみで何かあるたびに飲んでいる。


 賑わう店内は熱気に包まれ、外の少しばかり暖かくなった暗い夜。居酒屋のテレビで桜の蕾が開き始めたと流れる。


「でさ~聞いてよ~あのエレキバンド活動停止したんだよ~!しかも原因がヤク!」


 彼女は酔うといつもこうだ。いつも感情的に、一方的にまくし立てるようにしゃべり続ける。


「今まで応援してたのにな~……新曲も楽しみしてたのにな~……」

「悲しいな」

「そうよ!そもそもなんでヤクなんだよ~……せめて不倫とかまだ平和的なもんで停止してよ~……待ち遠しいよ~……」

「なっちまったもんは仕方ないね」


 涙を流し、顎を机に乗せた状態で顔をこちらに向けたまま、およよと静かに悲しむ彼女は小動物のような可愛さある。

 ただ僕はその彼女から零れる惰性と悲壮感漂う嘆きに、時折カウンセラーのように相槌を打ちながら酒を煽る。

 自分から発する事無くただ受け入れ言葉を返す。この一方的な関係性に、僕は案外気に入っている。


「アタシはこれからどうやって生きていけばいいんだよ~」

「しばらくは新しいアーティスト探すしかないんじゃないか?」

「そう簡単なものか!」


 勢いそのままに立ち上がり彼女は叫ぶ。その叫びは居酒屋のどの喧騒よりも大きく一瞬にして全ての音をかき消した。 


「あの独特のリズム!言葉選び!現代に生きる人の疑問や惰性、情動を書き込んだあのラップ!どれもこれもアタシ好みの!それも!それも……!」


「そうそう見つかるもんじゃないんだよ~……あ~もうだめだ~」


 するすると机に座り込みわんわん泣き始めた。僕はあわあわと慌てふためきながらも周りに謝罪しながら彼女を宥める。

 結局その日はそこで店を後にするしかなかった。




 夜の暗闇に光る繫華街の明かりが僕たちを照らし、僕の背中で伸びきった彼女は

静かに息をしている。


「あんたはいいよね~、いつも仏頂面で何があっても「ふーん」で済ませちゃうんだもん。アタシは羨ましいなー、その精神性」


 体力を消耗しきったのか、小さくか細い彼女の声が僕の耳元で囁く。


「そうか?」

「そうだよ~、のらりくらりと生きてさ。なんだか猫みたい」

「そんないいもんでもないぞ」

「そう?」

「ああ、逆に言えば全部何もかもがつまらんようなもんだ」


僕とて、そこまでころころ感情を変える彼女のことが羨ましい。


「ねぇ」

「なんだ」

「ごめんね、こんな女で」


「そんなことか、気にするな」

「そんなことって何よ~!」

「は!?待て!暴れんな!?」


 今日も僕は鞄に隠した彼女への花束を渡せずにいる。

 彼女とは根本的に違うから、この関係が変わる事が怖いから。

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現代恋愛短編「〇束を貴方だけに」 西城文岳 @NishishiroBunngaku

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