最凶の妖刀『血啜り』外伝~美玖の推し活~

久坂裕介

第1話

 江戸時代初期。江戸の沖石道場、昼八(およそ午後2時)。


 稽古場の片隅で美玖みくは、ほわん、としていた。

 うっとりとした表情で、片岡宗十郎かたおかそうじゅうろうの浮世絵を見つめていた。


 その様子を、重助しげすけ市之進いちのしん誠兵衛せいべえが見ていた。


 重助が、告げた。


「な、本当だろう。美玖さん、浮世絵を見つめて、ほわん、としているだろう?

 やるなら今しか、ないって! 今なら勝てるって!」


 誠兵衛は反論した。


「いやいや、無理ですよ! いくら浮世絵を見つめて、ほわん、としているからって、江戸で最強の剣客集団、四刀しとう一番刀いちばんがたなの美玖さんですよ! 倒すのは、無理ですって!」


 市之進が口をはさんだ。


「しかし今、人気の歌舞伎役者、片岡宗十郎に夢中になるとは、美玖さんも年頃の女性だということですねえ……」


 重助は、聞いた。


「誰だよ、その、片岡宗十郎って?」

「おや、今、江戸で一番有名な歌舞伎役者、片岡宗十郎を知らないんですか?」

「知らねえよ! だから聞いているんだろ?」


 市之進は説明した。


「片岡宗十郎。最近、伊勢から大阪を経て江戸にきた、歌舞伎役者ですよ。

 繊細な人情を演じていて、今、江戸で一番人気があるんですよ」


 重助は、少しイラついた。


「歌舞伎って要するに演劇だろう? 演劇役者が、そんなにいいのかねえ?!」


 市之進は、冷静に説明した。


「はい。片岡宗十郎は柔らかな物腰と、すっきりとした容姿で女性たちに人気があるんです。

 それに自分が好きな歌舞伎役者の、歌舞伎を見に行ったり浮世絵を買って応援したりすることを、推し活って言うらしいですよ」

「ふん、推し活ねえ……」


 そう、つぶやいた後、重助は提案した。


「とにかく! 今のあの、ほわん、とした美玖さんとなら戦ったら勝てるって!

 一緒に戦おうぜ!」


 誠兵衛は驚いた。


「え? 一緒にって僕たちも戦うんですか?! 四刀の一番刀の美玖さんと?!」


 重助は、張り切った。


「おう、二番刀にばんがたなの俺と三番刀さんばんがたなの市之進と四番刀よんばんがたなのお前で、一斉に戦えば勝てるって! よし、下剋上だぜ!」


 誠兵衛は、いや、そうかも。3人がかりで、しかも今の、ほわん、とした美玖になら勝てるかも、と思った。

 それに状況がどうであれ、1度は美玖に勝ってみたいと思い決意をした。


「やります! 僕も戦います! 市之進さんは、どうですか?」

「ふーむ。別に僕は美玖さんに勝てなくても良いんだけどね。ただ今の、ほわん、とした美玖さんが、どんな戦いをするのかは興味があるね……」


 重助は、意気込んだ。


「よし、決まりだな。早速、行くぜ!」


 3人が美玖に近づくと、おそるおそる重助が提案した。


「あの~、美玖さん……」


 美玖は、ほわん、とした表情で答えた。


「うん、何だ、3人そろって?……」

「はい、俺たち、稽古をつけて欲しいんです。3人まとめて」


 すると美玖は、真剣な表情になった。


「3人まとめて稽古か……。よし、私は構わないぞ!」


 竹刀を握り道場の真ん中に移動した美玖からは、明らかに殺気が出ていた。


 重助は、うろたえた。


「あれ? さっきまでの、ほわん、とした美玖さんはどこへ……」


 誠兵衛も、動揺した。


「竹刀を持ったら、いつもの美玖さんに戻っちゃったんですけど……」


 市之進は、言い切った。


「だからといって、止める訳にはいかないね。そんなことをしたら、僕たち本当にどうなるか……」


 重助の提案を後悔しながらも、3人は竹刀を構えた。


 そんな3人に美玖は、言い放った。


「何だ? かかってこないのか? なら、こちらから行くぞ!」


 はっきり言って3人には、美玖の動きが見えなかった。その代わりに、美玖の気合が入った声が道場に響いた。


   めん


   どう


   小手こて


 重助は上段から振り下ろされた面を、市之進は左から右へ薙ぎ払われた胴を、そして誠兵衛は中段から突き出された小手を喰らい、3人とも後ろへ倒れた。


 美玖は言い放った。


「何だ、3人がかりというから、ちょっと本気を出してみればこれか……。

 お前たち、まだまだ稽古が足りんな……」


 そして、くるりと3人に背を向け、道場の出口に向かって歩き出した。


「さて、今日は午後の稽古は無いから、また片岡宗十郎様の歌舞伎を見に行こう~と。新しい浮世絵も買っちゃお~と❤」と、つぶやきながら。


 3人は、やはり美玖には、どうやっても勝てない、と痛感した。

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